ロナルドくんが高校生に戻ってしまった。
今夜新横浜に新たに現れた吸血鬼の能力で、ロナルドくんは高校生の姿に、記憶も高校生のときのものに戻ってしまったらしい。
ロナルドくんはドラルクさんから現状の説明を受けていたのだけれど、突然のことに理解が追いついていないようだった。頭の上にははてなマークが沢山飛んだり、キャパオーバーで頭から煙が出そうな表情をしていた。高校生の頃には想像もしなかったことばかりに違いない。
その証拠にロナルドくんは何度か「信じられるか!」と叫んでいる。後半はドラルクさんが面白がって、本当に嘘を伝えていたけれど。
「大体、なんで大人になっても俺のそばにあんたがいるんだよ!?」
ロナルドくんは怒りからか興奮からか、顔を真っ赤にして叫んだ。
私がロナルドくんのそばにいるのは、恋人だからだ。別にこのロナルドくんはタイムスリップしているわけじゃないし、事実を話したところで不都合はないのだろうけれど。でも、いわゆる腐れ縁の私たちが付き合い始めたのは高校生卒業後随分経ってからだったし、何なら高校生の頃の私たちはそんな雰囲気なんて皆無だったし、今の彼に教えたらショックを受けてしまいそうだ。
「えっと……なんでだろうね?」
ごにょごにょと誤魔化すと、ロナルドくんは私の顔を見てサッと顔を青ざめた。赤くなったり青くなったり大変だなぁと思っているとロナルドくんがキッとこちらを鋭く睨んだ。その綺麗な瞳には薄い膜が張っているようにも見えた。
「あんた、俺が戻ってくるまで絶対ここにいろよ!」
そう言ったあとに今の私が年上であることに気が付いたのか「いてください!」と敬語で言い直すと、猛ダッシュで事務所から出て行ってしまった。
「なんですかね、今の……」
「さあ?」
「ヌー?」
ドラルクさんとジョンくんが肩をすくめる。
「追いかけなくて大丈夫ですかね?」
「若返ったとはいえ高校生男子だし、大丈夫だろ。どうする? 紅茶でも飲んで待ってる?」
「そうですね。あ、お手伝いします」
飛び出してしまったロナルドくんのことは心配だけれど、自暴自棄になったという感じではなかったし、確かに高校生男子なら知らない街並みだとしてもそこまで危険なことはないだろう。何か目的があったような言い方だったし、ひとりで冷静に考える時間も必要だと思ったのだけれど。
再びガチャリと事務所のドアが音を立てたのは、ちょうどお茶の支度が終わった頃、彼が出て行ってから十五分も経たない時間だった。
「あ、ロナルドおかえり。どこ行って――」
「ん!」
後ろ手から彼が差し出したのは大きな花束だった。勢いよく差し出されたからか、ラッピングの中の沢山の花たちが揺れている。
「あんたと一生このままじゃ嫌だから。もう俺が言う」
頭の上にはてなマークを飛ばしまくっていると、ロナルドくんがすっと膝をつく。花束を私へ捧げるように。
彼が顔を上げると、少しだけ赤く染まった頬と、空色の綺麗な瞳がよく見えた。
「好きだ。俺と付き合ってください」
驚きと、そして嬉しさで息が出来なくなってしまった。まさか、高校生の姿と記憶のロナルドくんに告白されるとは思わなかったから。私がロナルドくんに告白されたのは大人になってからで、しかもそのときはこんなふうに一緒に花束をプレゼントされるようなことはなかったから。
「あの――」
返事を返さなきゃ、そう思って口を開きかけた瞬間――ボンっと。
パチパチと瞬きを繰り返したあと、そこに立っていたいたのは大人の、元のロナルドくんだった。
「えっ?」
ロナルドくんも何が起こったのか分からなかったのか、何度も瞬きを繰り返していて、その長い睫毛がそのたびに揺れていた。
「あの、さっきまでの出来事、覚えてる?」
「おぼ、えてる……」
もう一度一から説明する必要はなさそうだ。とにかく早めに元に戻って良かったと胸を撫で下ろす。
けれども、そんな私とは対照的にロナルドくんはひどく焦ったように、両手を大きく動かした。
「ちがっ! これは、高校生までの俺はなんでか告白するときはこうするのが一番良いって思い込んでて……! それで、あの――」
「そうなんだ?」
「アーー!!」
聞き返すと、彼は自分が余計なことまで喋ったことに気が付いたのか、頭を抱えた。その隙間から見える耳は真っ赤に染まっている。
ちらりと指の隙間から目の合ったロナルドくんは小動物のようにぴゃっと跳び上がると、居住スペースの方へ走り去り、終いにはドラルクさんの棺桶の中へ潜ってしまった。
「ちょっと、ロナルドくん!?」
「おい若造、私の棺桶に籠城するな! 今すぐ出ろ!」
バンバンと、ドラルクさんが棺桶を叩いたけれど、中からロックをかけてしまったのか蓋は開かない。
棺桶に近づくと、確かに中にはロナルドくんの気配がする。
「私は嬉しかったよ?」
そう言うと棺桶がガタリと一度大きく揺れたので、私は思わず笑ってしまった。
2022.05.04