「ロナルド吸血鬼退治事務所の退治人ロナルドです。これからあなたのボディガードを務めます! よろしくお願いします!」
正直、ボディガードなんて大袈裟だと思った。両親が勝手にこの退治人に依頼してしまって、この人も馬鹿正直に依頼を受けてしまって。そもそも退治人は警護が本業ではないのに。
この前吸血鬼に襲われそうになったという話を軽率にしてしまったあの日の自分を恨んだ。
「おはようございます!」
「毎日朝早くからすみません」
依頼内容は朝晩の送迎。そこで私に危害を加えようとしている吸血鬼を見つけたら退治すること。
朝はロナルドさんが迎えに来るから、寝坊が出来なくなった。会社まで走るのも、なしだ。きちんとメイクを済ませてから玄関のドアを開けなくてはならない。
「遅くなっちゃってすみません」
「いえ! 退治人の仕事はもっと遅くなることもあるし、全然大丈夫ですよ。仕事大変そうですね?」
あんまり残業しすぎるとロナルドさんを待たせて、時間を拘束してしまうことになる。だからなるべく日中全力で仕事をする。疲れる。それでも残業になる日はなる。
仕事終わりの一杯なんてもっての外だ。たぶん、きっと、人の良いロナルドさんは、言えば飲み会も許してくれるのだろうけれど、さすがにそこまで甘えることは出来ない。いよいよこんな依頼をした両親を問い詰めたい気持ちになった。
「それで、昨日テレビで紹介されてたプリンがすっごくおいしそうで」
「あ、それ多分俺も見ました! すっげーなめらかな口触りって紹介されてたやつですよね?」
朝晩の他愛もない会話。いくらボディガードとはいえ、並んで歩くのに黙ったままも気まずいから世間話をするようになった。ロナルドさんは本を出しているからか話も面白かった。
私は彼に少しずつ気を許すようになっていった。
「危ない!」
ロナルドさんが吸血鬼をグーパンで殴る。すぐにその吸血鬼は吸対に引き渡された。
呆気ない終わりに私はぽかんと口を開けて見ていることしか出来なかった。
「怪我はありませんか?」
そう言って彼が振り返る。私を後ろに庇う背中は大きくて、これまで何度も彼の隣を歩いていたはずなのに今初めて知ったような気持ちになった。
「あなたを悩ませていた吸血鬼は退治しました! これでもう安心ですよ」
ハッと我に返る。そうだ、ついに吸血鬼は退治されてしまった。
「じゃあ……ロナルドさんとの契約もこれでおしまいですね」
「あっ……そういうことに、なりますかね……?」
そう言って彼はサァっと顔を青ざめた。でもきっとこれは私とは違う理由なのだろう。毎日とはいえ、数十分送り迎えするだけで報酬がもらえる依頼は実入りが良かったのだろう。毎回危険なことがあるわけじゃないし。プライドとかを考えなければ、楽で割の良い仕事だったに違いない。
「あのっ! また困ったことがあれば何でも相談してください!」
電球の取り替えとかそういうのでも何でもやるんで、とロナルドさんが笑う。きっと彼なりのジョークなのだろう。最近、事務所が吸血鬼退治よりも吸血鬼お悩み相談所になっていると言っていたから、そういう冗談。
「そうですね、何かあれば両親の方から」
わざと冷たく言ったというのに、自分の言葉にズキリと胸が痛む。
もうロナルドさんとの関係が切れてしまう。明日からは赤の他人だ。会社への行き帰りで他愛のない会話をすることもない。私の話に彼が隣で笑ってくれることもない。
最初はあんなに煩わしいと思っていたのに、今ではすっかり離れ難くなってしまっていた。
「そうじゃなくて……!」
引き止めるように彼が私の手首を掴む。
彼は一度言葉を区切ると、その空色の瞳でまっすぐに私を見つめた。
「俺は、あなたの力になりたいです」
ぐっと顔面に力を込めて堪える。そうしないと、芽生え始めた恋心が本当に咲いてしまいそうだった。
2022.05.01