チャイムの音に、慌てて動画の再生を止め、洗った手を拭きながらインターホンに出るとそこには恋人の姿があったので驚いた。

「ろ、ロナルドくん!? 随分早いね?」

 元々今日尋ねてくる予定ではあったけれども、彼との約束の時間まではあと一時間くらいある。

「退治が思ったより早く終わって……」

 私服に着替えているということは一度事務所に帰ったのだろうけれど、そこで上手く時間を潰せずに早く家を出てしまったのだろう。予定のない休日を上手く過ごせないロナルドくんらしい。

「ごめん、ちょっと待ってて」

 そう言って一度ドアを閉め、部屋の中に戻る。ロナルドくんが来るから昨日のうちに掃除は済ませてあるけれども、最終チェック。オーケー。しかし、キッチンは料理の最中で散らかし放題だった。手際よく片付けながら料理するスキルは、私にはまだない。とりあえず使い終わったものをまとめてシンクの中に投げ入れる。

「お待たせ〜。もっと後に来ると思ってたから、ご飯準備中だけど、座って待ってて」
「お、おう」

 ドアを開け直すと、閉める直前と同じ位置にロナルドくんが立っていた。部屋の中に招き入れて、ロナルドくん専用になっているクッションに座らせる。

「もう少し待っててね」

 そう言ってロナルドくんを残してキッチンに戻る。ごちゃついたシンクの中はひとまず見なかったことにして、スマホにこっそりイヤホンを繋ぎ、一時停止されたままだった動画を再生させる。見ていたのはドラルクさんのお料理動画だ。決して丸パクリするわけではなく、私の味付けが彼の好みから大きく外れていないかどうかの確認のため。決してカンニングではなく……

「なにしてんの」

 後ろから聞こえた声に飛び上がる。いつの間にかロナルドくんが私の真後ろにいて、こちらを見下ろしていた。イヤホンを外して、スマホを体の後ろに隠したけれども、彼の視線がそれよりも早く画面を捉える。

「な、なにも……」

 何もないと言おうとした私の声は途中で小さくなって途切れた。「ドラ公……」と彼が小さく呟いたので多分、彼は私が何を隠そうとしたのか分かってしまったのだろう。
 身長が高く、体格も良いロナルドくんが真顔で見下ろすと迫力がある。声も固くて、彼が怒っているか、少なくとも不機嫌であることは察せられた。ロナルドくんが私に怒るなんて、すごく珍しいことだけれども。ちりと、焦げつくような炎が彼の瞳の奥に揺れていた。
 彼がシンクに手をつく。その間に閉じ込められて、私は逃げられなくなってしまった。どこへも逃げるつもりはなかったけれど。じり、じりと、少しずつ彼との距離がゼロに近付く。

「あのね、ロナルドくん、これはズルとかカンニングとかじゃなくて……!」
「俺、早く会いたくて」
「うん?」

 予想していなかった彼の言葉に、それまで気まずさに逸らしていた視線を彼に戻す。何か、会話が噛み合っていない気がする。
 見上げると、熱で濡れた彼の瞳と目が合う。

「時間早いって分かってたのに来ちゃって。俺のために飯の準備してくれてるのも分かってるけど」

 彼の手のひらが私の背中と、頭の後ろに回され、抱き寄せられる。彼の大きな手が髪の間に差し入れられて、くしゃりとどこか苦しそうにかき混ぜる。私の心臓もぎゅうと痛くなる。ロナルドくんが何を思っていたのか、何を言おうとしているのか分かってしまったから。
 カチャンと、その辺に置いていたスプーンがシンクの中に落ちる音がした。

「少しだけ、こうしてたい」

 ぎゅっと抱きしめられて、ロナルドくんの体温が服越しに移る。「ロナルドくん」と名前を呼んで、私からも彼の背中に腕を回すと、彼の熱い吐息が首筋にかかった。

2022.03.21