「我が名は吸血鬼紐なしバンジー大好き!」
「紐なしバンジー大好き!?」
「お嬢さんにもバンジーの楽しさを教えてやろう!」
帰り道、変な吸血鬼に遭遇してしまった。正直、バンジーなんてひとりで勝手にやってろと思ったけれど、顔には出さなかった。バンジーやりたかったら自分で飛びに行くし。
「いえ、結構ですから」
相手に手のひらを向けて、はっきりとノーを突き付けた。それなのにこの吸血鬼はへこたれなかった。諦める様子がないので「警察を呼びます」と言おうとしたところで、向こうから鋭い声が飛んできた。
「見つけたぞ! 吸血鬼紐なしバンジー大好き!」
「うおお、俺はまだ捕まるわけには……!」
私に会う前もうすでに迷惑行為をしていたのか。振り向くと、ロナルドさんをはじめ、退治人ギルドのメンバーが数名こちらへ走ってくる姿が見えた。
「俺には彼女にバンジーの良さを伝える使命があるんだァ!!」
「きゃ!」
ふわりと浮遊感がする。かと思った次の瞬間には体が宙高くまで持ち上げられていた。高層ビルの高さくらいまでくると上昇がぴたりと止まる。地上のひとびとが小さく見える高さに「ひっ」と息を飲むと、それが合図になったかのように、今度は地面へ向けて体が落ちていった。
「親方! 空から女の子が!」
「誰が親方じゃ! って、んなこと言ってる場合じゃねえ!」
そう言ってロナルドさんが走り込んでくる。多分私をキャッチしてくれるつもりなのだと分かったけれど、彼らから私のところまでは少し距離がある。
風を切る音が耳元で大きく聞こえる。
「うおおおお、間に合えっ!」
ギリギリ間に合わない――そう思ってきつく目を閉じた瞬間、落ちるスピードが緩まってふわりと体が浮くような感覚がした。そのまま追いついたロナルドさんの腕の中にすっぽりと収まる。
「うお!?」
「痛く、ない……?」
「地面に叩きつけたら、それはもう“バンジー”とは言えないじゃないですか」
そう平然と吸血鬼が言うものだから少しイラッとした。つまり、強力な念動力で私の体を宙に浮かせているので、空中でスピードを緩めることも出来るということらしい。紐なしバンジーというか、単純に能力でひとを振り回しているだけのようにも思えるのだけれど。
「バンジーの醍醐味のひとつ、それはゴムによって再び空へ舞い上がるときの解放感! そしてひとびとは思い出すのです、自分は自由だったのだと!」
嫌な予感がした。
吸血鬼がくるりと振り向き、こちらを見る顔はきらきらと輝いていた。
「さあ、もう一度、空へ!」
「ぎゃーー!! やめえぇぇ!」
やめてと叫ぶ声は無視され、私の体はロナルドさんの腕をするりとすり抜けて再び空へ上げられる。ロナルドさんが私の名前を呼ぶ声がどんどん遠ざかって小さくなる。
先ほどは地面に叩きつけられる恐怖でいっぱいだったが、今はあの吸血鬼が危害を加えるつもりがないと分かっているから少しだけ余裕があった。
ちらりと下を見ると、地上でロナルドさんが大きく腕を広げていた。
「さっきと同じ手は通用しないぜ!」
地上近くまでくると、再び落下速度が弱まって、ロナルドさんの腕の中にすっぽりと体が収まる。そして、彼に先程よりもぎゅっと強く抱きしめられた。ぴったりと体が密着して、彼の鍛えられた筋肉も、体温も感じられるほど強い抱擁だった。
「あの、ろな……!」
「もう大丈夫です」
たぶん、私がまた空に飛ばされないように掴まえてくれているのだと思う。それは分かっているのだけれど、ぎゅうぎゅうと抱きしめられて平静でいられるわけがない。一度目はそれどころじゃなかったし、こんなに強くくっついてもなかったから平気だったけれど、今はどうしても意識してしまう。
私が三度バンジーさせられる前に、他の退治人たちが駆けつけて、吸血鬼紐なしバンジー大好きを退治してくれた。私はその様子をロナルドさんの腕の中で真っ赤になりながら見守ることしか出来なかった。
「ロナルドさん、あのですね……」
あの吸血鬼はもう反省している様子だし、VRCに連れていかれるのを待つだけなので、離しても大丈夫ですと伝えたかったのだけれど、返事の代わりに彼の腕の力がまたぎゅっと強くなって、続きを言うことが出来なかった。
このままでは私の心臓が爆発してしまう……!
「君たち随分お熱いねえ」
「なっ!? これは彼女の身を守るためにだな!?」
「はいはい、そういうことにしといてあげるから」
ドラルクさんに揶揄われ、苦しいほど強く私を抱きしめていた腕の力が少し弱まる。やっと息を吐くことが出来た。久しぶりに自分の足で立つと、安心して気が抜けたのかふらりと体が傾く。
「無理しないでください」
彼の腕の中に戻され、耳元でやさしく囁かれる。
バンジーなんかよりもこちらの方がよっぽど心臓に悪いように思えた。
2022.03.20