アピールは十分したつもりだった。
 「ロナルドさん格好良いです!」「ロナルドさん素敵です!」「ロナルドさん、すきです」何度も繰り返し言ってきたつもりだったけれど、それに対して彼から返事をもらったことはない。顔を赤らめ照れてはくれるけれど、言われ慣れてるのか「ありがとう」とだけ言って流されてしまう。彼にはファンも多いし、遠回しなアピールでは伝わらない、埋もれてしまう。そう思って、好意はことあるごとに伝えるようにしてきたつもりだったけれど。でも、ひとりで相撲をとっているようなこの状況は虚しかった。だから、だからほんのちょっとだけ、弱気になってしまった。

「つかれた……」
「んじゃ、飲み行く?」

 ぐったりとデスクにうつ伏せになった私を見て、同期が軽く誘ってくれる。でも彼女の視線はモニターに向けられたままで、指は軽快にキーボードを叩いている。

「……飲み行こうかな」

 私がそう答えると、彼女はそれが意外だったのか、手を止め、目を丸くさせてこちらを見る。そのあと、にや〜と目を細めた。

「いい店予約してあげる」
「ありがと。期待してる」

   *

 退勤後、彼女に連れて行かれたのは馴染みのある看板のお店で。「って、チェーン店じゃん!」と突っ込む私に、同期は「こういうところの方が愚痴は盛り上がるでしょ」と悪びれもせずに言ったのだった。
 結果、安いチューハイの大ジョッキはいくつも空になった。ジョッキを置く音も、私の声もどんどんヒートアップして大きくなる。それでも、周りの喧騒に掻き消されて、誰かに聞かれる心配がないのは安心出来た。同期は私の話に耳を傾け、時には私の凝り固まった考えを指摘してくれた。
 おかげで、二時間の飲み放題のあと店を出る頃には、すっかり足元がおぼつかなくなっていた。店のドアを出るときに、ちょうどタイミングが一緒になった男性グループのひとりにぶつかってしまった。

「あ、ごめんなさい〜」
「いえ、こちらこそすんません。お姉さん結構酔ってますね。気を付けて〜」
「ありがとうございます」

 こちらからぶつかってしまったというのに、男性はにこにこと笑って、私の心配までしてくれた。お礼を言って歩き出したが、彼らも駅に向かうらしく、すぐ後をついていくような形になった。

「あっ、また。すみません〜」

 あまり前を見ていなかったせいで、また人にぶつかる。顔を上げると、赤い上着と銀の髪が映る。それはあまりにも見覚えのあるものだった。

「ろ、ロナルドさん!?」

 思わずは上擦った声が出た。先ほどまで『鈍感』だの『女泣かせ』だの散々文句を言ってしまった本人が目の前に現れたのだ。焦ってしまうのも無理はないと思う。
 助けを求めて同期の姿を探すと、まるで他人のようにさっさと駅へ向かって道を歩いていってしまっていた。この裏切り者!

「だれ? 今の」

 聞いたことのないくらい低い声。彼のまとう、ピリピリとした空気に、思わず言葉を飲み込んだ。
 何故だか分からないけれど、彼は怒っていた。それも私に向けて。

「し、知らない人です……」
「何で知らない人と飲んでるんだよ」

 そんなこと言われても。たまたまお店を出るタイミングが重なってしまっただけで、一緒に飲んでいたわけじゃない。けれども、私の言葉がロナルドさんには嘘を吐いているように見えたのだろう。彼の表情がどんどん険しくなっていく。掴まれた手首は、痛くないけれど、がっしり握られていて振り解けそうにない。

「ろ、ロナルドさんには関係ないことでしょう!?」

 私が誰と飲もうと、誰と仲良くしようと、誰と交際しようと、ロナルドさんには関係ないはずだ。それは事実のはずなのに、私は自分で言って傷付いている。言わなければ良かったとすぐに後悔した。

「関係、ある……」

 俯いた彼が小さく呟く。ともすれば、うっかり聞き逃してしまいそうな声だった。

「ア、アンタが好きなのは、おれだろ……?」

 彼が言いながら顔を上げる。最初は勢いよく飛び出した言葉が、最後は自信なさげに小さくなっていった。彼の頬はいつの間にか真っ赤に染まっていて、じっとこちらを見るその瞳はかすかに潤んでいる。
 なんでそんなふうに言うのだろう。ぐっと唇を噛む。頭の中がぐちゃぐちゃでおかしくなりそうだった。だって、こんな、まるで、ロナルドさんが嫉妬、しているみたいな――

「わたしが好きなのは……そう、です……」
「そうだよな……」

 自分の思い上がった考えに顔が赤くなる。ドキドキと心臓がうるさい。そっと視線を上げると、ロナルドさんの青い瞳と目が合う。
 今まで、私ひとりが空回っているのだと思っていた。考えないようにしていたけれど、心の奥底では、不毛な恋をしているのだという思いはずっとあった。けれども、それは勘違いで、もしも、もしもロナルドさんが私に向けてくれる感情があるのなら。

「ロナルドさん、すきです」
「うん……」

 もしかして、これが答えだと思っても良いのだろうか。もうちょっとだけ期待して、頑張っていいのかも。新横浜の飲み屋街で、ネオンに照らされたロナルドさんの横顔を見て思った。

2022.03.13