「ロナルドさんともっと仲良くなりたい……」
「それなら、今夜うちの親族会があるから一緒にくる?」
今日もロナルドさんに会えず、例え会えたとしてもなかなか会話の続かない日々にすっかりめげていた。お暇する前に少しだけ、事務所で迎えてくれたドラルクさんに弱音を溢すと、彼は突拍子もない提案をしてきた。
「どうやったら私がドラルクさんちの親族会にお呼ばれ出来るんですか? 不自然すぎません?」
「私に招待されたことにすれば?」
「それこそ、何で、ですよ」
「じゃあ、私の親戚のふりするのは?」
ドラルクさんの親戚ってことは吸血鬼じゃないか。ダンピールでもない、人間の私がドラルクさんの親戚という設定は、どう頑張っても無理があると思う。
「黒マント羽織って、耳は髪で上手く隠してさ。牙は大口開けて笑ったりしなければバレないでしょ」
そんな雑な変装で、と思ったけれど、ドラルクさんとジョンくんは名案だと言って、どんどん盛り上がっていく。
「服はこっちで用意するからさ。そうと決まれば今すぐ準備だ!」
そう言ってドラルクさんはどこかへ電話を掛け、その後三十分でやってきた彼の親戚という女性が持ってきた服に着替える。彼女が貸してくれた服は私にぴったりで、マントを羽織ってその裾を翻すと、何だかそれっぽい気分になる。
「私こそが真祖にして無敵の吸血鬼!」
「いいねぇ! 決まってるよ!」
そうして、あれよあれよという間に親族会の会場まで連れてこられてしまった。
宴会場の隣にある控室でドラルクさんと最終打ち合わせをしていると、彼は最後に大真面目な顔で言った。
「ただし、守ってほしいがひとつ約束がある。十二時になったら帰ること!」
「何ですか、それ」
「それ以降は二次会になり、御祖父様に連れ回されて帰れなくなる」
「分かりました。何があっても帰ります」
ドラルクさんの御祖父様に私は直接会ったことはなく、噂でしか知らないけれど、ものすごくパワフルですごい人らしい。学生じゃあるまいし、この歳で朝までコースは勘弁願いたい。
そんなこんなでドラルクさんプロデュースの、“ロナルドさんともっと親密になろう作戦”が始まったのだけれど。
「ポールくん、よく来てくれたね!」
ロナルドさんはドラルクさんの一族とかなり親しいのか、色んな人が挨拶にやってくる。常に人に囲まれていて、私なんかが話しかける隙がない。ロナルドさんはドラルクさんの一族に会うためにこの親族会に参加しているわけだし、私が彼らを押し退けて話しかけるのは違うと思うのだ。
「あ、このワインおいし……」
私には血の代わりとして特別に赤ワインを用意してもらった。基本的につまみはないけれど、私のために隅っこのテーブルに隠して置いてもらっている。このワインだって良いものだろうし、こんなに特別にもてなしてもらって、何だか悪い気がしてくる。
さすがにここまでしてもらっておいて、ロナルドさんと一言も喋れませんでした、ではさすがに申し訳が立たない。そろそろ挨拶も一区切りつく頃だろうし、もう一度チャレンジしてみようかなと、思って体の向きを変えたときだった。肩が誰かに軽くぶつかった。
「あ、すみません」
「ろ、ロナルドさん……!」
そのぶつかった相手がロナルドさんだった。
「あれ? あなたどこかで……」
「あーっと! そろそろダンスの時間だ! ロナルドくん、彼女を誘って踊ったらどうだ?」
「ハァ? なんだよダンスって! 前はそんなのなかっただろ! それに俺ダンスなんてしたことねーぞ!?」
「手繋いで、リズムに合わせてくるくる回ってればいいんだよ! ほら、早く!」
ドラルクさんに急かされて、ロナルドさんが私の手を握る。いつの間にかワルツが流れていて、ホールの真ん中では何組かのペアが踊っていた。
「何か、巻き込んじゃったみたいで、すみません」
「いえ、大丈夫です」
リズムに合っているんだからズレているんだか分からないステップでくるくる回る。ロナルドさんとこんな近い距離でお喋り出来るなんて、夢みたいだ。最初は困惑顔だった彼も、今は私に微笑みかけてくれている。
音楽も次第に明らかにワルツとは違うアップテンポで激しいものに変わっていて、皆思い思いに飛んだり跳ねたりしていた。そうやって、次の曲も楽しく踊ろうと思っていたのに、不意に音楽が止んだ。
――ゴーン、と。どこからか鐘の音が響き渡る。
「ほら、十二時の鐘が鳴ってるわよ! 早く帰らないと! ほら、ほら!!」
「えっ、ちょ、待って……!」
ドラルクさんがやってきて、時間を教えてくれる。約束の時間だから帰らないといけないのは分かるが、あまりにも突然急かしすぎだ。それに、何でちょっとオネエ口調なのか。
「おおっと失礼!」
そう言ってドラルクさんが私の前に長い足を出す。私はそれに見事躓いたけれど、先にドラルクさんの足が砂になったので少しバランスを崩しただけで済んだ。しかし、靴の片方が脱げてしまった。
「急いで!」
靴は何故だか遠くの方に転がってしまっている。ドラルクさんが背中を押して、なおも早く早くと急かすものだから、そのまま会場を後にする。
さすがに裸足でコンクリートの上は歩けないぞと思っていると、ホテルの入り口辺りで元の私の靴をジョンくんが持ってきてくれた。それを履いて私は無事に家に帰ることが出来た。
果たしてこの作戦はこれで良かったのか。分からないけれど、私はロナルドさんと少しの間一緒に踊ってお喋り出来ただけで満足だった。
*
「あの、こんばんは。靴届けに来ました」
そう言ってロナルドさんが私が落とした靴を家まで届けに来てくれたのは、そのすぐあとの話。
2022.03.06