「この、浮気者ーー!!」
「えっ、なに、うわ? 何!?」
ぽかぽかとロナルドくんを叩くと、彼はいとも簡単に私の両手首を掴んで押さえてしまった。軽く握られたそれを渾身の力で振り払って、彼の首元に指の先を突きつける。
「首元! ここ! 動かぬ証拠!」
そう言って未だピンときていない様子のロナルドくんを鏡の前に連れていくと、彼は顔を傾けて私が指差した場所をよく見ようとしている。
私だって虫刺されとキスマークの違いくらい分かる。これは、絶対にキスマークだ。
しばらく自分の首筋を見ていた彼が不意にハッと何かに気付いた表情をする。
「あー! もしかしてあのときのキッスか!」
「そうでしょうとも! この浮気者ー!」
改めて認められるとまたズキリと胸が痛む。どろどろと黒いものが心の底で渦巻いて、目の奥がじわりと熱くなる。そんな私の表情を見て、ロナルドくんが焦り出す。
「ちがう、違う! 今のはちゅーの方じゃなくて吸血鬼熱烈キッスのこと!」
「キッスさん……?」
彼女にとってキスは挨拶のようなものだ。私も彼女のことはよく知ってるし、彼女がそうして挨拶しているところも私自身見たことがある。彼女のそれはそういう次元を超えているのだ。
「ということは、私の誤解……?」
「そう! 誤解!」
私の言葉に彼がほっとしたような表情をする。
それとは対照的に私の顔はサァっと青ざめた。
「ご、ごめん」
恋人を疑ってしまうなんて最低だ。もっと最初にちゃんと話を聞いておけばこんなことにはならなかったと悔やんでももう遅い。
「なんか、お詫びに……」
怒ってもいいはずなのに、ロナルドくんの方はほっとした表情をするばかりで、私を咎めるようすもない。それがさらに私の罪悪感を増幅させた。頭を下げる私の頭を彼がくしゃりと撫でる。
「……じゃあ俺の言うこと一個聞くのは?」
「もちろん! 何でも聞くよ!」
私が顔を上げると、彼の口がもにょもにょと動いた。それを、なんだろうと思っているうちに、ロナルドくんが遠慮がちにこちらを覗き込んだ。
「じゃあ、俺から、ここにキスマーク付けてもいい?」
すっと彼の指先が私の首筋を撫でる。背中がぞくりとして、思わず肩が震えてしまった。
そう言う彼の頬はかすかに赤く染まっていて、すぐにそういうことだって分かった。分かってもすぐそれに対応できるかどうかは別だ。
「え、えっ?」
確かに言うこと聞くって言ったけれども。
驚いて思わず彼の胸に手を置いて距離を取ろうとしたのだけれどそんな抵抗も虚しく、ずいと彼の顔が近付いてくる。
「なぁ、ダメ?」
そんなふうに聞かれたら、断れない。ごにょごにょと言葉を濁そうとしたけれども、彼は律儀に私の返事を待っている。
「ダメ、じゃない、です」
私がそう答えると、彼の青い瞳がふにゃりととろけるように甘く細められた。
2022.01.27