「……なぁ、やっぱやめねぇ?」
「この後に及んで何言ってるの。一思いにやっちゃって!」
「だって……」

 ふたりきりの部屋。向かい合わせに座った彼との距離は膝がくっつきそうなほど近い。
 ロナルドくんの指先が私の耳に触れる。こちらを見る彼の瞳は不安げに揺れていた。

「俺でいいのかな、とか……」
「ロナルドくんがいいんだよ。私も初めてで緊張してるんだから早くして、ね?」

 そう言って彼を安心させるようにその腕に触れる。驚いたように彼の体がびくりと震える。
 ドキドキと自分の心臓が鳴っているのが分かる。けれども私は早くこの緊張と不安から解放されたい気持ちの方が大きかった。
 私の顔を見て、彼の喉がごくりと動いた。
 そして――

「ダーーッ! 俺には無理だって! お前の耳たぶにピアスホール開けるとか!」

 彼が私の肩を掴んで引き剥がす。右手に持っていたピアッサーを放り投げ、頭を抱えている。私は放り投げられたピアッサーを拾い上げて、彼に向き直った。

「絶対病院で開けた方がいいって!」

 ここまで何回か聞いた台詞を彼はまた口にする。病院で開けた方が安心安全なのは分かる。こんなことを頼まれて彼が困るのも分かる。人の耳に穴を開けるのに慣れているわけでもなさそうだし。

「そもそも何で今になってピアスなんだよ」

 口をとがらせて彼が問う。彼の言い分ももっともだ。開けたい子はもっと早くに開けてるだろうし、何かの節目でもないし、それに何より頼まれた彼には理由を聞く権利がある。
 けれども、今度は私がもごもごと言葉を濁す番だった。

「……だってピアスかわいいし」

 かわいいピアスが世の中には溢れている。それだけで理由は十分だ。でも私にはそれ以上に大きな理由があって。でもそれを彼に告げるのはちょっとだけ躊躇われた。
 落とした視線を上げると、彼の曇りない瞳がこちらへ向けられていた。

「……ロナルドくんも開けてるから」

 ピアスを開けてる人間なんてこの地球上に数え切れないほどいるのは分かってる。お揃いってわけじゃないけど、彼と同じようにピアスをするのもいいなぁなんて思ってしまったのだ。
 そう思ったら居ても立ってもいられなくなって、ピアスを開ける決心をした。

「うっ……」

 私の言葉に彼が小さく呻き声を上げる。やさしい彼はこちらの言い分を聞いて共感してしまったのだろう。断りづらくなるから聞かなければ良かったと思っているに違いない。

「でも、こんなかわいい耳なのに……」

 そう言って彼が再び私の耳に触れる。かわいい耳かは知らないけれど、ロナルドくんにそう言われると決心したはずの心が揺らいでしまう。
 彼の少しかさついた指の腹でふにふにと耳たぶに触れられると、そこがぞわぞわして落ち着かなくなってしまった。

2022.01.23