「わはは、私は吸血鬼おやゆび――」

 道端で偶然出会った吸血鬼の、名乗る声がどんどん遠くなっていく……

  *

「ロナルドさん! すみません、助けてください!」

 私の声に目の前の扉が開く。中から出てきたロナルドさんは、外を覗いてきょろきょろと視線を彷徨わせた。

「誰もいない……?」
「ロナルドさーん、私はここです! ここ!」

 親指くらいのサイズになってしまった体を出来るだけ大きく広げてジャンプする。
 ロナルドさんの視線が徐々に下がっていって、ほぼ床に視線を向けたところでやっと彼の瞳は私を映した。

「えっ、ちっさ……」

 私だって好きで小さくなったんじゃない!


 ここまでの道のりは大冒険と言っても良いものだった。
 いつもならすぐ着く距離も長い時間歩かなくてはならなかったし、階段を上るのも大変だった。ジャンプして、角に手を引っ掛けて、体を引き上げて。正直事務所まで辿り着けたのが奇跡なくらいだ。途中で鳥に襲われてもおかしくなかった。

「無事辿り着けて良かったです……」

 そう息を吐いて、目の前に置かれた水を飲む。小さいペットボトルキャップに入れてもらったけれど、それでも今の私のサイズからすると大きい。少し飲みにくいが、ここに着くまでにくたくたになってしまったので、冷たい水がありがたかった。

「災難でしたね」

 ドラルクさんとジョンくんは私が置いてきてしまった鞄を取りにいってくれた。盗まれてないといいのだけれど。

「犯人がこの場にいれば即殴って解決するんですけど……」

 ドラルクさん曰く、時間経過で元に戻るだろうということだった。早く戻るならそれに越したことはないけれど、明日の出勤までに戻るなら許せる。このサイズでは一晩過ごすのも大変そうだけれども、ロナルドさんとドラルクさんが助けてくれるだろうし、そこまで心配はしていなかった。

「ロナルドさん? どうかしましたか?」

 ふと、じっとこちらを見つめている彼の視線に気が付いた。

「かわいいなぁ」
「ロナルドさん!?」

 彼の口から飛び出てきた言葉に驚いた。ドキドキと鳴る心臓を押さえたけれども、動揺は隠しきれなかった。彼は私のこのサイズを指して『かわいい』と言っていることは分かっていても、彼がこういうことを言うのは珍しいので余計にドキドキしてしまう。

「ハムスター飼ってたらこんな感じなのかなぁって」
「ちょ、やめ……! 私ハムスターじゃありませんから!」

 そう言って私の頬をつんつんとつつく彼の口元はすっかり緩みきっている。
 近付いてくる指先を両腕を突っ張って阻止する。彼はそんな私の様子すら面白がっているようだった。
 テーブルの上にあごを乗せて、少しでも視線を近付けようとしてくれているのはありがたいけれども。

「な、なんですか……」

 つつくのはやめてくれたけれども、その代わり何も言わずにじっと見つめ続けているのが怖い。両腕で体を抱きしめるようにして身を守りつつ、ちらと彼の方に視線を向けると、でれでれと蕩けた色の瞳がふたつ並んでいた。――これは、毒だ。

「……俺、今なら『食べちゃいたいくらいかわいい』ってやつ、分かるかも」
「食べないでくださいよ!?」
「わ、分かってるって……!」

 まさか本当に口に入れられるとは思っていないけれども、自分が小さくなっているときにそれを言われたら不安になる。
 まぁ、私もロナルドさんがこれくらい小さくなったら、食べちゃいたいくらいかわいいと思うかもしれないけれど。

「かわいいなぁ」

 彼からこんな視線を向けられ続けていたら、勘違いしてしまいそうになる。
 今は一刻も早く元の体に戻ってほしかった。

2022.01.16