ふと、花の良い香りで目が覚めた。
休日に十二時間眠ってしまったときのように頭と体が重い。今日はお休みの日だっけと回らない頭で考えながら、枕元にあるはずのスマホに手を伸ばす。カサリと覚えのない乾いたものが指先に触れる。横に寝返りを打ち、重たい瞼を持ち上げると、白い花が視界いっぱいに広がっていた。
ここは自室のベッドの上じゃない!
「なにこれ――いったぁ!!」
勢いよく起き上がろうとして、おでこを強打した。ズキズキと痛む額を押さえながら、目を凝らす。手を伸ばすと途中で固いものに当たった。ぺたりと手のひらをつけると、それは冷たいガラスのようだった。
「何? 開かない……!」
ぐっと力を入れてみても蓋はびくともしない。叩いても拳が痛いだけだった。
「ちょっと、出しなさいよ!」
一体いつの間にこんな箱に入れられたのか。相変わらず頭がぼんやりして記憶が曖昧で思い出せない。
むせかえるほどの花の香り。箱の中に充満するそれは、今この状況では良い香りとは思えない。私をここへ運んだひとは、こんなところに私を閉じ込めてどうするつもりなのか。
「なんなの、これ……」
きれいだねぇと、どこからか囁く声が聞こえたような気がした。何故だかそのとき、自分が入れられている透明の箱が何なのか理解した。
――これは棺桶だ。
ぞっと背筋に冷たいものが走る。得体の知れない恐怖だった。
「――この悪趣味変態吸血鬼がァ!!」
ドゴッと何かを殴るような音。棺桶の中に入っていた白い花がパッと少しだけ消えて数が減る。
誰かが助けてくれたんだ、そう思ってほっと胸を撫で下ろした瞬間、銀色の髪と青い瞳が目の前に映った。
「大丈夫ですか!? いま開けますから!」
ロナルドさんが私の名前を呼ぶ。すぐ目の前にいるのに、彼の声がひどくくぐもって遠くに聞こえる。
「ぐぬぬ……」
「ロナルドさん、あんまり無理しないで――」
力みすぎて彼の顔は真っ赤になっている。
素手で開けなくても、何か道具を持ってきたり応援を呼んだり。私ならあと少しくらいこのままでも大丈夫なのに。
「なんの、これしき……!」
そう言って彼がさらに力を込めるとほんの少し隙間が開いて、彼の黒い手袋の指の先がそこにねじ込まれた。
それからは一瞬だった。
「オラァ!」
彼の雄叫びとともにバキバキとすごい音がして棺桶の蓋が外れる。
ぱらぱらと舞い落ちる破片から身を守るために翳した腕の間から、必死な表情でこちらへ手を伸ばす彼の姿が見えた。彼の後ろには月が見えて、その光を浴びてキラキラ光る破片が綺麗だった。
「変態吸血鬼のせいで怖い思いさせちゃいましたよね」
何故だかロナルドさんの方が泣き出しそうな顔をしていた。
「私、ほとんど寝てただけなので大丈夫です」
思わず彼の頬に手を伸ばす。触れた肌があたたかくて、自分の指先がすっかり冷えてしまっていたことを知る。これじゃあ余計に心配させてしまったかもしれない。手を引っ込めて指を握り込む。
どうにか彼を安心させたかったのに上手くいかない。彼の青い瞳の中に私が映っている。どうしたらロナルドさんは笑ってくれるだろう。
あなたには、初夏の日の光のような笑顔がよく似合う。
2022.01.13