仕事帰り、新横浜駅前のデッキを歩いていると、ふと赤い上着が視界の端に映った。
「あっ、ロナルドくん!」
階下に彼の後ろ姿を見つけて声を掛ける。私の声は喧騒に掻き消されることなく届いたようで、彼が振り返る。
カンカンとヒールが階段をリズム良く叩く。偶然好きな人に会えたのだから、浮かれてしまうのも仕方がない。一度こちらに気付いた彼が私を置いていくことなんてないと分かっているのに、つい気持ちが急いてしまう。
「ロナルドくんとこんなところで会えるなんて珍し――」
「おい、危なっ!」
ズルリと足元が滑り、ガクッと体が下がる感覚と、彼の焦った声が聞こえたのはほぼ同時だった。
転ぶと、そのあとに襲ってくる衝撃と痛みを覚悟してきつく目を瞑る。すぐにお尻に激しい痛みがやってくるだろうなと思っていたのに。
「大丈夫か?」
衝撃や痛みはいつまで経ってもやってこなかった。ロナルドくんの声がひどく近くに聞こえて、そっと目を開ける。
「だい、じょうぶ……」
すぐ目の前にロナルドくんの顔があった。
彼の大きな手のひらが背中に触れているのが分かる。ドキリと心臓が飛び跳ねた。
「足痛めてないか? どこも痛いところない?」
そう言って彼の青い瞳が私を覗き込む。
近い、ちかい!
「あの、あの……!」
ぎゅうと私の背中に回されている腕に彼は気が付いていないんじゃないかと思えた。こんなに近いのに彼は平然としていて、私ばかりが焦っている。
「ロナルドくん、もう、大丈夫だから……」
そっと彼の胸を押し返すと、視線を下げた彼の表情が何かに気付いたようになる。そして、その一瞬後に顔が燃えるように真っ赤になった。
「ごめ……! この、これはその、やましい気持ちは何ひとつなくて……!」
彼がパッと体を離して、両手を頭の上に上げる。
「えっと……はい」
それは、分かっている。彼は完全善意で誰にでもこういうことが出来る人だってことくらい知っている。でも、それをわざわざ口に出さなくったっていいのに。少しくらい夢見させてくれても良いのに。
少しがっかりした気持ちでロナルドくんの隣に並ぶ。人通りもあるところでずっと立ち止まっているわけにはいかない。とりあえず歩き出そうと前を向いた、そのとき。
「ん……」
「ん?」
ずいと目の前に差し出された彼の右手に、疑問符を浮かべる。
助けたお礼がほしいとか? そういえば助けてもらっておきながらちゃんとお礼を言えていなかった。彼に向き合うと、眉根に力を込めてどこか必死な表情のロナルドくんと目が合った。
不意に、彼の手が私の右手を取ってぎゅっと握った。
「手、また転ぶと危ないから」
「あ、うん、ありがとう……」
じゃあ、これも下心が全くない行動なのだろうか。彼と繋いだ手にぐいと引かれながら、これはちょっと判断に困った。
2022.01.09