「ロナルドさーん、コーヒー買ってきましたよ〜って……」

 コンビニから戻ると、机に突っ伏してすやすやと眠る彼の姿があった。
 近くまで来たのでちょっと顔を見たくなって事務所に立ち寄ると、ロナルドさんは原稿の修羅場だった。すぐに帰ろうとしたのだけれど「もし時間に余裕があれば、待ってて。すぐ終わらせる」と言われては、断れなかった。それならばと、差し入れを買うためにコンビニまで出たのだけれど。

「よく寝てる……」

 彼はタイピングしている途中でパタリとエネルギーが尽きたのか、手はキーボードに乗せたまま、顔から机に突っ伏していた。
 ドラルクさんもジョンくんも出掛けている事務所の中は静かだ。テーブルの上にコンビニで買ってきたものを置いて、彼の眠る机に近付く。

「ロナルドさーん、こんなところで寝てたら体痛くなっちゃいますよ〜」

 声を掛けても起きる様子はない。締め切りはあと一週間後と言っていた。退治人の仕事もあるので、使える時間はあまり多くないのだろうけれど、そこまで切羽詰まっている日数でもない。

「まぁ、三十分くらいで起こせば大丈夫だよね……」

 とりあえずキーボードの上から彼の手をどかす。変なキーを押してしまわないよう気を付けながら、持ち上げる。寝ている人間の体は重い。
 そのままロナルドさんの手を彼の顔の横あたりに置く。どんな体勢が楽なのか分からなかったけれど、彼は起きる気配もなく眠り続けている。
 銀色の長い睫毛に、彼の前髪がはらりとかかっている。そっとその毛先を指でよけると、彼の通った鼻筋が露わになった。
 寝顔は普段以上にあどけない表情だ。思わず彼の頬を指の背で撫でる。

「ん……」

 不意に彼の唇が薄く開いて、私の名前を呼んだ。

「あ、ロナルドさん、起きて――」
「夢みたいだ」

 瞼が開いて、彼の空色の瞳が姿を見せる。しかし机から顔を上げた彼はまだ半分寝ているのか、とろんとした表情で私を見上げた。ひどくやさしい色が瞳の奥に映る。

「会えて嬉しい……」

 そう言って彼が私の右手を取る。直前まで寝ていた彼の手のひらはあたたかかった。そうして彼は丁寧に、恭しく触れたそれに顔を寄せる。
 ――ちゅっと軽いリップ音とともに手の甲に彼の唇が触れた。

「ひゃ……」

 ドキリと心臓が大きく鳴って、そのまま止まってしまったかと思った。
 私の声にロナルドさんがゆっくりと視線を上げる。長い銀色の睫毛の隙間から、彼の青い瞳と目が合った。
 思わず膝から力が抜け、床にぺたりと座り込む。

「ロナルドさ……」

 ドッドッと心臓が激しく血液を送り出す音が聞こえる。彼らしくない行動に驚いて、声もまともに出せない。
 あんな、まるで王子様みたいなことをロナルドさんがやるなんて。あまりのきらめきに、ちかちかと目が眩む。

「ロナルドさん?」
「すぅー……」
「……寝てる」

 返事がないことに気が付いて彼の顔を覗き込むと、ロナルドさんの瞳は再び閉じられていた。規則正しい寝息まで聞こえる。
 また随分と気持ち良さそうに眠っているけれども、右手はまだロナルドさんに握られたままだ。ぎゅっと握り込まれて、引き抜くことが出来ない。変に振り解けば起こしてしまう。

「ロナルドさんってば……もう……」

 多分彼は半分夢の中で、きっと直前まで書いていたロナルドウォー戦記にも影響されていたのだろう。らしくない行動も、それなら納得出来る。

「こっちの方が夢でも見ている気分ですよ」

 床に座り込んだまま、届かない言葉を口にする。
 結局ドラルクさんとジョンくんが戻ってロナルドさんが目を覚ますまで、私の右手はまるで大切なものを守るかのように、ぎゅっと彼に抱え込まれたままだった。

2022.01.03