「コーヒー屋のお姉さん!」

 その声に振り向くと、私の働いているお店の常連さんが立っていた。週に一度、決まった時間に来てくれる彼は、今日は赤い衣装に身を包んでいた。

「あ、すみません、急に声掛けちゃって」
「いえ。こんなところでお兄さんに会うなんて驚きました」

 そう言って彼の姿を上から下まで眺める。随分真っ赤な上着だ。

「もしかしてその服、お仕事ですか?」
「はい! いや、今退治終わったところで。あの、俺この先の通りで吸血鬼退治事務所やってて。“ロナルド吸血鬼退治事務所”っていうんですけど」

 ロナルド、というのが彼の名前なのだろうか。
 平日の昼間からお店に来るから普通の会社員ではないのだろうなと思っていたけれど、退治人だったとは。しかも個人で事務所を構えているということは余程の腕なのだろう。常連さんの意外な一面を知ってしまった。

「じゃあ何か吸血鬼関連で困ったことがあれば相談しにいきますね」
「ぜひ! いや、何もないのが一番ですけど!」

 彼はきっと、とてもいい人だ。お店に商品を買いに来るときもいつも腰の低い丁寧な態度だったし、今だってほんの少しの気遣いを忘れない。

「……こっちから声掛けといてアレですけど、俺のこと覚えててくれたんですね」
「それを言ったらお互い様では?」

 彼の方こそ街中で私を見つけて声を掛けた記憶力が良いと思う。

「でも、こっちは客のひとりだし」

 来るたびにおすすめ商品や期間限定のやつがどんな味か尋ねられていればさすがに覚えると思う。しかも教えたことを素直に聞いてくれるお客さんならなおさら。

「不審者と思われなくて良かったです、ハハ」
「まさか」

 退治人の服には少し驚いたけれど。これだけ好青年の雰囲気を出している彼を不審者と間違う人がいるとは思えなかった。

「って、引き止めちゃってすみません。もう暗いんで気を付けて帰ってください」

 ほら、いい人。

「はい、お兄さんも」

 そう言って別れる。けれども、二、三歩歩いたところで「あの!」と引き止められた。振り返ると彼と視線が合って、ふと彼が笑顔を見せる。

「また店行きますから!」
「はい、お待ちしていますね」

 彼が次に来店するのはいつだろう。少しだけ楽しみにしてしる自分がいた。

2021.12.01