「ロナルドー、遊びに来たよー!」

 一声掛けたものの軽率にドアを開けてしまったのが良くなかった。しかもそれが事務所のドアでなく、住居スペース側のドアだったものだからなお悪かった。

「うおっ!?」
「ぎゃ」

 大きくドアを開け放った先でロナルドが着替えていた。ちょうどいつもの退治服の黒インナーを脱いだところで、彼の鍛えられた肉体が惜しげもなく晒されている。

「何だよ、来るなら一言連絡寄越せよな。退治で留守だったらどうすんだよ」
「う、あ……」

 そう言ってロナルドが着替える手を止め、こちらに向き直る。――待って、なぜ手を止める? どうして指先に引っ掛けていたロンTを置く?
 早く着替えなよと言いたいのに、私の口からは意味のない呻き声しか出なかった。
 腹筋がすごい。もちろん腹筋だけじゃなくて、腕も、胸筋も。均整のとれた体とはこういうことを言うのだと思う。

「あの、ろなる……」

 彼が顔を傾けて不思議そうな表情でこちらに近付いてくる。近付かないで! そう思うのに彼は私の目の前に立つ。
 いつもの調子でドアを開けてしまった私が悪かった。本当に後悔している。いくら高校からの付き合いで気心の知れている相手だとしてもこれからは絶対ノックする。例えロナルドの方も私相手なら着替え途中でもドアを開けそうな気がしたとしても。
 好きだと自覚したあとなら、なおさら。

「おい、どうした?」
「ふく……」
「フク? フクマさん?」
「ちがう! ふ、服を着てください……」

 目の前に立つ彼の姿を見れなくて、手で顔を覆う。徐々に小さくなる声に絶対不審に思われたに違いない。

「あ? 服? 言われなくても着るけどよ」

 そう言って彼がソファに掛けたロンTに視線をやったので、ほっと息を吐く。どうやら私の気持ちまでは気付かなかったらしい。それもそれで“私とはあり得ない”と思われてそうで悔しい。
 そうして彼が服を着るのを待っていたのだけれど、いくら待ってもロナルドは私の前から動く気配がない。
 ちらりと指の隙間から窺い見ると、彼が身を屈めてこちらを覗き込んでいた。

「もしかして照れてんのか?」

 分かっているなら聞くな!
 そう思うのに彼の方は冗談だと思っているのか、自分の体を見下ろしてへらへらしている。

「俺、そんなにいい体になったかなー? 最近ちょっと筋トレのメニュー変えてみたりしたんだけど、その効果出てる?」
「いいから服を着て!」

 思わず大きな声を出す。もうこれ以上は私の心臓が保たない。心臓ら口から飛び出てしまいそうなほどドキドキと大きく早く脈打っているし、顔は燃えてるのかと思うほど熱い。
 私のいつもと違う様子に驚いたのか彼が息を呑む音が聞こえた。

「マジでどうした?」

 こちらを気遣うやさしい声がする。
 ロナルドが不思議がるのも無理はない。高校時代、男子は教室で着替えていたし、ロナルドの腹筋なんて何度も見たことがあるし。
 変わってしまったのは彼の筋肉ではなく、私の心の方なのだ。
 好きな人だからこんなになってしまう。何もかも、自分の体さえ制御出来ない。

「大丈夫か?」

 そう言ってロナルドが私の手首を掴む。顔を覆った手がゆるく剥がされていく。見られたくないのに、彼に触れられた手は力が入らなかった。

「えっ……おまえ……」

 さすがに恋愛初心の鈍感バカでも気付いただろう。頬は真っ赤で今にも泣き出しそうな顔をしている自覚はある。

「何?」

 もうどうにでもなれという気持ちで彼を睨みつけると、何故だかロナルドまで真っ赤になっていた。

2021.11.22