「ロナルドさーん、たまたま近くを通ったので寄ってみたんですけ、ど……」

 事務所の扉を開けると、そこにいたのはドラルクさんとジョンくんと――小さな男の子。

「男の子?」

 私の声にびくりと肩を震わせてこちらを振り返る銀髪の少年。五歳くらいだろうか、小さい体が目一杯首を傾けてこちらを見上げている。その青色の瞳はどこか見覚えがあって――

「もしかして、ロナルドさん……?」

 問いかけると彼の肩がまた跳ねた。間違いない、小さいけれどこれはロナルドさんだ。
 期待を込めてドラルクさんの方を見ると、彼は諦めたように軽く首を振った。

「小さくなっちゃってね」
「か……」

 私の小さな声に、少年のロナルドさんのまぁるい瞳がこちらを見上げる。

「かわいーー!!」

 たまらず抱きしめると、「ぶっ」と呻き声が聞こえたので慌てて腕の力を緩めた。離れると彼の顔がよく見えた。

「すごい! 美少年! ロナルドさんってこの頃から美形だったんですね!」

 以前もこんなことがあったと聞いたことがある。吸血鬼の催眠だかVRCの怪しい薬だか知らないが、お礼を言いたいくらいだ。私とロナルドさんが出会ったのは大人になってからで、本来だったら彼の幼い姿は写真でしか見られないはずだったのだから。

「かわい〜! 僕、いくつくらいかな?」
「えっと……」
「もじもじしててかわいー!」

 再びぎゅっと抱きしめる。
 小さい頃は少し性格が違ったのだろうか。今でこそロナルドさんが人見知りするところなんて想像付かなかったけれど、そういう時期もあったのだなと思うとにこにこしてしまう。
 大人のロナルドさんは当然私よりも体が大きいけれど、今の彼は私の腕の中にすっぽり収まってしまうほど小さい。ほっぺたもぷにぷにしている。

「あっ、ごめんね。知らないお姉さんに急にぎゅっとされたら嫌だよね?」
「い、いやじゃないです……」
「かわいい!!」

 彼はついさっき出会ったばかりの人に対してもやさしい。天使だ。ぎゅうぎゅうと抱きしめて、そのつむじに頬ずりする。彼の髪はやわらかくてふわふわしていた。
 もうずっとこうしていたい……。

「ねえ」
「はい、なんですか?」

 ドラルクさんに声を掛けられて、顔だけを彼の方に向ける。ドラルクさんは何だか面白がっているような困っているような微妙な表情をしていた。
 ――嫌な予感がした。

「それ、体は五歳児だけど精神は大人のままなんだよね」
「えっ……」

 その言葉に一瞬動きが止まる。ギギギと軋む音が聞こえそうなほどゆっくりと、腕の中にいる少年の方へ視線を落とす。
 彼は首まで真っ赤になっていた。

「あの、すみません……」
「わー!!」

 謝る彼を慌てて腕の中から解放する。その謝り方も、顔を真っ赤にさせて視線を逸らすその表情も、五歳児にしては複雑すぎる。これは間違いなく私の知っている大人のロナルドさんだ!

「こっちこそごめんなさい!! めちゃくちゃにぎゅっとしてしまって! 嫌でしたよね!?」

 子ども相手だとしても少々やりすぎなくらいだ、当然大人の相手にとっていい態度ではなかった。というか、私、さっきから彼をぎゅうぎゅうと胸に強く抱きしめて――

「いや、いい思いさせてもらったというか……」
「わ、忘れてくださいーー!」

 後悔したってもう遅い。あんな大胆なことをしてしまった自分が信じられない。本当にさっきまでの自分は多分どうかしていた。
 真っ赤になった顔を手で覆って隠す私たちふたりを見て、吸血鬼とアルマジロが楽しそうに笑い声を上げた。

2021.11.01