「ロナルドくんが私のものだという証がほしい」
「へ?」

 ロナルドくんの驚いたような声がふたりきりの部屋に響く。
 私の言葉に彼が目を丸くさせて、こちらを見た。そんなに驚かせるようなことを言ったつもりはなかったのだけれど。私たちは付き合っているのだし。

「お、俺は浮気なんてしない!」
「知ってる」

 頭の中でどういうシナリオを描いたのか分からないけれど涙目で主張してくる彼にあっさりと答える。彼がそういうことするような人ではないことは知ってるし、私のことを大切にしてくれていることもちゃんと知っている。
 ぱちくりと瞬きをする彼の膝に跨って、その上に乗る。

「なに!? ちょ、ちょっと待って……」

 静止は聞かない。
 彼は退治人としても作家としても人気がある。浮気も彼の想いもこれっぽちも疑ってないけれど、目に見えるものがあればもっと安心出来るのかなぁなんて思ったのだ。

「うーん。首輪、とか?」
「いや、さすがにそれは……」

 そう言ってロナルドくんが引き攣った笑顔を浮かべる。「俺にそんな趣味はないけど、でもどうしてもやりたいって言うなら……」なんて言うけれども私にだってそういう趣味はない。

「手軽なところで言うと、キスマーク、とか?」
「ヒエ……」

 彼が息を呑む音が聞こえた。それを無視して、私は膝立ちになって彼を見下ろす。私の影が彼の顔に落ちた。
 彼の綺麗な青い瞳が私の視線を追っていく。

「このへん、かな?」

 彼の顎先から首筋へ指先で撫でる。彼の喉仏がごくりと動いた。
 彼は筋肉質な体をしているけれども、ここなら柔らかくて跡を残せそうだ。ロナルドくんの退治人服のインナーは首元詰まってるし、このあたりなら平気かな……。

「付けたら困る? 嫌?」
「こ、こま……」

 顔を真っ赤させて口籠る彼を見下ろして、笑う。
 彼のことをいとおしく思う気持ちで胸がいっぱいになる。

「なぁんてね! 冗談!」

 ぱっと離れると、彼は再び「へ?」と驚いたような、抜けた声を出した。
 彼が瞬きをするたびに睫毛に乗った小さな雫がきらきら光っている。

「かぁわいい」

 そう言うと、彼の頬がかあっと今度は羞恥で染まる。
 あのロナルド様にこんな表情をさせられるのは私だけなのだ。目に見える証がほしい気持ちがゼロではないけれど、今はこれで十分だ。彼は退治で服が脱げることも多いからどこに付けても見られてしまいそうだし。
 最後に彼の頭をわしゃわしゃと撫でてから、彼の上から降りようとする。

「待って」

 ――そのときがしりと腕を掴まれた。

「俺だって男なんだからな」

 そう言って彼の瞳がまっすぐにこちらを見つめる。その強い視線にドキリと心臓が鳴る。

「えっ、ちょっと、ロナルドくん!?」

 なんだかいつもと違う彼の様子に今度は私が慌てる番だった。いつもなら名前を呼べば必ずこちらを見てくれるのに、彼は顔を上げなかった。
 背中に腕が回されて、彼の頭が私の首元に埋まる。

「ひゃ……」

 彼の髪と吐息が首筋に触れてくすぐったい。身を捩って逃げようとしたけれども、両腕を掴まれてしまって動けなかった。
 止めようと思って彼の髪に差し入れた手も、力が入らない。
 彼の唇が触れて、その同じ箇所にぴりっと小さな痛みが走る。

「ん、ついた」

 顔を上げた彼が溶けるような甘い笑顔で満足そうに言う。

「かわいい……」

 彼がこちらを見つめて、やわらかく目を細める。
 ずるい。そんな表情をされたら、何も言えなくなる。
 キスされた首筋を手で押さえると、まだ少しだけ湿っていた。この場所だと、多分これからしばらくハイネックの服しか着れない。

「ロナルドくんの、ばか……」

 非難を込めて言ったのに、こちらを見つめる彼の瞳の奥がじわりと熱を持っていって。ゆっくりと再び落とされる彼の唇に、もう何も考えられなくなってしまった。

2021.10.24