「わぁ、素敵な夜景……!」
ちゃんとしたレストランだからロナルドさんもスーツで。いつもの退治人服や私服とは違う、ピシッとした姿にいつも以上にドキドキしてしまう。ロナルドさんは作家業もあるからこういうスーツを着る機会も結構あったりするのだろうか。すんなり着こなしているように見える。
「き、気に入ってもらえたなら良かった」
ロナルドさんに連れてきてもらった場所を気に入らないわけがない。慣れない場所で緊張はするけれども、料理はすごくおいしいし、向かいに座るロナルドさんはどれだけ見ても飽きないほど格好良い。
「ここでプロポーズする人多そうですね」
思ったことをついぽろりとそのまま溢してしまった。自分が何を言ったのか一瞬後から気が付いて、さっと血の気が引いた。
どうして片想いしている相手に恋愛の話を振ってしまったのか。情報を探る目的なら良かったけれど、今の私は完全に無策だ。上手く話を聞き出すどころか、意識してしまってまともに話せないだろう。それにロナルドさんの恋愛事情を聞くのはまだ心の準備が整ってない――なんてことをぐるぐる考えていると、不意に隣のテーブルからガタッと椅子の鳴る大きな音が聞こえた。
「僕と結婚してください!」
聞こえてきた声に思わずそちらを見ると、男の人が立ち上がって向かいの女性に小さな箱を差し出していた。
「きゃあ! 見てください、ロナルドさん! あそこのカップル、プロポーズして――」
こんな場面に遭遇したことなくて、思わず小声で興奮ぎみにロナルドさんに話しかける。本当にこういうところでプロポーズする人はいたのだ。ベタだけどやっぱりロマンチックで憧れる。
けれども、振り向いた先の彼は私とは対照的にひどく真剣な顔をしていた。その表情にびっくりしてぽかんと口を開けていると、彼の青い綺麗な瞳が私を射抜いた。
「俺と! 付き合ってください!」
隣のテーブルではプロポーズを受け入れてもらえたのか、周りからあたたかな拍手の音が聞こえる。その奥にいる私たちはまるで月の影のようだった。陰にかすんで皆私たちには気付いていない。
星を溢したような夜景、スーツ姿のロナルドさん、照明の光を受けてきらめくワイングラス、私へ向けて伸ばされた彼の手。
「えっと、あの……」
普通プロポーズに使うようなレストランで、まさか告白されるなんてまったく思っていなくて、彼の差し出したその手をじっと見つめることしか出来なかった。何もかもが急に現実から遠くなって、全部夢なのではないかと思った。
視線を上げると、ロナルドさんの青い瞳がじっと真剣にこちらを見ていた。夜空の星よりも、窓の外に広がる夜景よりも、こちらの方がずっと宝石のように綺麗だと思う。
たぶん、シャツのしっかり止められた袖のボタンも、きっちり結ばれたネクタイも、きちんと整えられた髪型も、夜景が素晴らしく料理のおいしいこのレストランも、私の目の前で作られている真剣な表情も、全部全部彼が今日の私のために用意してくれたものだ。
そう思うと胸の内がぽっと灯がともったようにあたたかくなる。私はこの人のことがどうしようもなく好きだ。
「喜んで……」
小さな声で、でも彼にはきちんと聞こえるように言うと、彼は「良かったぁ〜」と顔をほころばせへにゃりと笑った。
2021.08.13