「おーい、ロナルド、これビルの前に落ちてたぞー」

 マリアが肩に担いで持ってきたのは俺が片想いしている女の子だったものだから、飛び上がるほど驚いた。
 ぐったりして動かない彼女は死んでいるんじゃないかと思って、慌てて駆け寄ったのだが――

「酒くっさ!」
「今日はそこまでのんでないですよ〜」

 思わず鼻を摘むと、寝ていたと思っていた彼女が顔を上げて喋った。怪我をしているだとか気絶しているだとかじゃなくて良かったけど……。

 とりあえずマリアから差し出された彼女を受け取る。どこを持ったらいいのか分からなくて、素早くソファのところへ連れて行くと、彼女がどさりと落ちた。結構勢いよく落ちたけれど、彼女はへらへら笑ったままソファの上にふんぞり返った。まるで女王のようだ。普段の彼女なら見られないような姿にドキリとする。女王のように座りながら、表情はこれまで見たことがないほどふにゃりとやわらかかった。

「マリアちゃん、ありがとう〜!」
「おう、じゃーなー」
「待て待て待て」

 そのまま帰ろうとするマリアを掴んで止める。ここで帰るなんてどういう神経しているんだ! 今夜はドラ公もジョンも出掛けてるんだぞ!

「置いてかないで!!」
「んだよ、ちょっと介抱すりゃすぐ酔いも覚めるだろ」
「無理! ゼッッタイ無理!!」
「悪いな、これから仕事だから」

 俺の手は簡単に振り払われた。

「――ロナルドさん」

 パタリと無慈悲に閉まったドアの音に彼女の声が重なる。心臓がこれ以上ないくらい激しく鳴っている。

「れんらくしたのに、へんじがないから」

 いつもの敬語が外れているだけで甘えられているような気分がする。

 彼女の言葉に慌てて携帯を確認すると、『いまからいってもいいですか?』というメッセージが入っていた。ラインを見てなくて良かった。こんなの見ていたら落ち着いて待ってることなんて出来なかっただろう。

「あいたくなっちゃって」

 酔いからか、彼女の瞳が潤んでいる。

「だめだった?」
「ダメじゃ、ないです……」

 断言する。そんなふうに言われて嬉しくない男はいない、と。
 固まっている俺の腕にするりと彼女の手が触れた。熱っぽい彼女の瞳と視線が絡む。

「ロナルドさん、ほしいです」
「えっ、な、なにを?」

 もう心臓は口から出る一歩手前まで来ている。
 彼女の赤い唇が薄く開いて動く。

「お酒。ね、もってきて?」

 ……これだから酔っ払いは!!

「ダメ! 飲み過ぎ!! 飲むのは水!!」
「えー!」

 駄々をこねる姿もかわいいけど、ダメ!
 コップに注いだ水を一生懸命両手で飲む姿もかわいい……。じゃなくって!

「お水おいしい」

 そう言って口の端から溢しながら飲む彼女に堪えきれず、もう勘弁してくれと半分泣きながら携帯に飛びついてSOSコールを送ったのだった。

2021.08.08