「こんにちは〜……って留守?」
少し用事があってロナルド吸血鬼退治事務所にやって来たのだけれど、そこにロナルドさんの姿はなかった。鍵も開けっ放しで不用心だなぁと思いながらも、仕方ないから出直そうと振り返ると足元に何かが当たった。
「ビッビッ!」
「わっ!」
視線を下に向けると普段事務所の留守を守っているメビヤツくんが私の体を押していた。無断で入ってしまったから怒っているのかと慌てて出ようとしたのだけれど、事務所の守護者はさっと私の後ろへ回って扉の前を塞ぐ。
「ちょっと、メビヤツくんどうしたの?」
「ビッ!」
いつの間にかメビヤツくんのコンセントは抜け、バッテリーモードに移行している。
ぐいぐいと私を押してソファーの前まで追いやるとじっとこちらを見つめて何かを訴えかけてくる。私はこの子の言葉がすべて分かるわけじゃないのだけれど、それでも何となく言いたいことは分かった。
「ここで待ってろってこと?」
「ビーッ!」
肯定するかのようにそう言うと、そのまま扉の向こうの居住スペースの方へ行ってしまう。
何をするのかなと思っていると向こうの部屋から何かが落ちるような激しい物音が聞こえてくる。そのあと、しんと静まり返った事務所にカタカタと車輪を鳴らしながら戻ってくるメビヤツくんの頭の上にはお盆が絶妙なバランスで乗っていた。
「わー! メビヤツくん危ないよ!」
私が止めようと立ち上がっている間にも床のほんの少しの溝に躓きそうになっている。間一髪、お盆を受け取って支えて、ふぅと安堵の息を吐く。
「ありがとう。運ぶのは私がやるから大丈夫」
どうやって入れたのかは分からないが、マグカップの中には牛乳が入っている。キッチンの様子が気になるが、勝手に私的なスペースに入るわけにもいかず、結局何も聞かなかったことにした。
メビヤツくんに押されてソファーに座らされる。どうやらもてなそうとしてくれているようだった。
「ビービー!」
「じゃあお言葉に甘えて待たせてもらおうかな」
「ビビッ!」
一体いつロナルドさんが帰ってくるのかは分からないけれど、鍵が開いていたということは案外すぐに帰ってくるのかもしれない。そんなふうに考えながら入れてもらった牛乳を飲んでいると、不意に事務所のドアノブがガチャリと鳴った。
「ただいま〜」
そう言って帽子を外しながら事務所のドアを開けたロナルドさんは、いつもそこにあるはずの帽子掛けがいないのに気が付いて顔を上げる。
ソファーでメビヤツくんとくつろいでいる私とばっちり目が合った。
「えっ、なんで!? オワッ!」
ロナルドさんが何もないところで躓いて、大きな音を立てて派手に転ぶ。誰もいないとおもっていたところに客人がいたのだから驚かせてしまったのだろう。
「大丈夫ですか?」
慌てて駆け寄ると彼は「大丈夫」と顔を上げながら言う。転ぶ姿がなんだか先程のメビヤツくんと重なって、つい「ふふ」と笑い声が漏れてしまった。
「おかえりなさい、ロナルドさん」
「……これは、ゆめ?」
彼がぱちぱちと瞬きを繰り返す。「夢じゃないですよ」と言うと彼は目をまあるく見開いた。
転んで顔を打ったのか、彼の頬が赤く染まっていた。
2021.02.03