「ノースディンさん、今日も素敵ですね! 好きです!」

 挨拶代わりにそう言うと、彼はゆっくりと目を細めて微笑んだ。彼の、こういう物腰がやわらかいところが好きだと思う。

「ありがとう。君にそう言ってもらえるなんて光栄だよ」

 彼はいつもそう言って私の言葉を受け取ってくれる。

「私も君のことを大切に思っているよ」

 そう言って彼が私の手を取り、唇を寄せる。初対面からこれなので、今ではさすがに慣れた。彼にとって挨拶のようなものだ。まだちょっとだけドキドキしてしまうけれど。
 真っ赤な顔のまま俯いていると、彼が私の腰を抱いて引き寄せる。その手つきが、これまでのエスコートとは違うことに気が付いた。

「えっ、なに!?」
「これくらい良いだろう?」

 女好きの彼にとってはこれが普通なのかもしれない。けれども、女好きでも彼は一線は越えない紳士的な女好きだと、なぜか勝手に思い込んでいたのだ。実際今まで指先に挨拶のキス以上のことはされたことがなかったし。

「いや、あの、ちょっと!」
「……私は十分待ったと思うがね」

 あれだけ好きだと言っておきながら、いざ迫られたら断る私の態度こそ不誠実なのだろう。だったら最終から好意を口にしなければ良かったのだ。もしくは自分の望みをちゃんと伝えておくべきだった。

「君がそう言うのなら今日は引こう」

 “今日は”ということは明日はどうなるか分からないということだ。結局、彼の優しさに甘えてしまった。引くと言ってくれはしたけれども、彼の瞳には少しだけ私を非難する色があった。

「あの、私から好きだなんだと言っておいて何ですけど、こういう関係は良くないと思います……」

 私が勇気を出してそう言うと、彼は片眉を上げてひどく不機嫌そうな顔をした。当然だ。これまで私が勘違いさせるような言動を繰り返していたのだから。

「何が君を不安にさせる? 種族の違いか? それとも年齢差か?」

 そうじゃないと、ゆるく頭を振る。

「キスくらいはいいだろう?」

 私の考えが潔癖なのかもしれない。大人だったら、双方合意の上、こういう関係もありなのかもしれない。でも、私は彼とそういう関係は望んでいなかった。私のはっきり言わない態度が誤解させてしまっていたのなら、ここではっきりさせなくては。

「カ、カラダの関係だけなんて良くないと思います!」
「は?」

 私がはっきりと大きな声でかつ直接的な言葉で言ったからか、彼は目を丸くさせて驚いた。その表情はまるで予想外のことを聞いたかのようにも見えた。

「君は私のことが好きなんだろう?」
「はい、好きです。でもノースディンさんは私のことそういう意味でというか、そこまで好きじゃないですよね?」
「は?」

 もしかして、このひとは私が気付いていないとでも思っていたのだろうか。さすがに私でもそれくらいは――

「ハァ!?」

 彼の大きな声がして、思わず耳を塞ぐ。そんな私をお構いなしに彼はいつもの落ち着いた口調を忘れたかのように続けた。

「私がこんなに……! まったくこれっぽっちも伝わっていなかったとでも?」

 そう言って彼が頭を抱える。こんな彼の姿は初めて見た。彼は私の前ではいつも落ち着いた紳士的な態度であることが多かったから。

「遊びなわけないだろう!」

 そう言って勢いよく両肩を掴まれた。近い距離で瞳を覗き込まれる。その赤い目はまっすぐに私を見つめていて、嘘を吐いているだとか、何かを誤魔化そうとしているようには見えなかった。

「えっ?」

 ぼんっと、顔が熱くなる。今度は私が取り乱す番だった。

2023.03.24