朝、目が覚めると腕に小さな穴がふたつ空いている。
穴と言っても、何かが刺さったような痕があるだけで、深い傷でもなければ数日で塞がるようなものだ。最初は気付かないうちにどこかへぶつけて怪我をしたのかと思った。けれど、それは忘れた頃に再び、そして三度、四度と繰り返された。
そしてその傷は必ずふたつ、等間隔についている。いつも同じ距離。痛くはない。ただ、赤い傷があるだけ。
「おはようございます、ノースディン様」
明けの星が瞬く時刻。まだ村が静まり返っている時間に、散歩するのが好きだった。少し上を向けば、紺色から紫、そして東の空の端っこからオレンジ色に。陽の光が差し込む前から歩き始め、変わっていく空を眺めながら歩く。
そうしていると、ごくたまに彼と出会うことがある。お貴族様がこんな時間におひとりで何をとは思ったけれど、私と似たような理由なのではないかと思って、理由を口に出して尋ねたことはない。道端で出くわして、一言二言言葉を交わして別れる。ただ、それだけ。ただそれだけだけれど、その時間が私にとっては特別だった。
「どうだ、最近変わりはないか?」
「変わりありませんよ。あっ、でもつい先日、庭の花が咲いたんです。綺麗なのでノースディン様も今度見ていってください」
「それは楽しみだ」
ノースディン様はやさしく返事を返してくださる。
私の家は、村から彼のお屋敷へ続く道の途中にある。お貴族様を家にご招待など出来はしない。私の言葉も社交辞令ならば、彼の返事もきっとそうだ。しかし、こう言っておけば、通りがかりに遠目でもうちの庭の花が彼の目を楽しませることもあるだろう。
「……そういえば」
もう少しだけ、彼を引き留めたくて、ついどうでもいいことを話し始めてしまった。私の家の方角へ向けていた彼の視線が、私へ戻る。
「最近、腕に傷が出来るんです。小さな傷が、決まってふたつ」
ちょっと袖を捲ると、すぐにその傷が現れた。朝見たのと同じ場所にふたつ。一瞬、その傷跡に何だか覚えがあるような気がしたけれど、それもすぐに消えてなくなる。
彼が目を眇めて、それを見る。
「寝る前はなかったはずなんですけど、今朝も起きたらこの通りで。不思議なんですよねぇ」
「君が寝ている間に、誰かが悪戯しているのかもな」
「あはは、誰がですか?」
彼もそんな冗談を言うのかと、意外に思った。口を開けて笑っていると、じっと彼がこちらへ視線を向けていた。赤い瞳から目を逸らせなくなる。
「駄目だよ、注意しなくては」
2022.05.31