「何だ、その変な歩き方は」
「あっ、辻田さん! こ、これはですね……!」
ひょこひょこと足を引きずって歩いていると辻田さんに声を掛けられた。正直、今は知り合いに会いたくなかった。
「ちょっとした段差だったんですけど、気付かなくて足首を捻ってしまったみたいで……。本当にちょっとした段差だったんですけど」
歩き慣れた道だったはずなのに、気が付いたときにはバランスが崩れ、足を捻ってしまっていた。日も暮れて暗かったとはいえ、こんなことで怪我をするなんて、良い大人が恥ずかしい。
「歩けるのか」
「ここまで歩いてこれたので大丈夫です! 明日まで痛かったら、仕事休んで病院に行きますから」
力こぶを作って笑って見せたのだけれど、彼はますます苦い表情になる。鈍臭いやつだと思われてしまっただろうか。
呆れられたら嫌だなぁと思っていると、不意に手首を掴まれた。
「来い。いつもの礼だ、手当てくらいしてやる」
「……私、辻田さんにお礼されるようなことしましたっけ?」
「……」
いつも私ばかり助けられているような気がする。私がお礼を言うのならまだしも、逆はさっぱり心当たりがなかった。
彼の眉間のしわがさらに深くなる。
「早くしろ」
「いっ……!」
手を引かれて、思わず捻った方の足を前に踏み出してしまった。ズキリと鈍い痛みが走り、声が漏れる。
振り返った彼と目が合った。
「大丈夫です! 今のはちょっとびっくりしただけというか。でも今の私歩くの遅いんで、辻田さんは先に行って私を迎える準備などしておいてもらえると――」
彼が悪いのではない。私が自分の怪我を忘れていたのが悪いのだ。それにそもそも大した痛みではない。それなのに。
――ひょいと、足が地面から離れて、体が浮いていた。膝裏と背中に彼の手が回されて、いわゆるお姫様抱っこされている状態だった。
「辻田さん!」
「うるさい」
驚いて彼の名前を呼ぶと、また彼は顔を不機嫌そうに顰める。
「何もないところで転ぶようなやつを歩かせる道はない」
「なっ、何もないところでは転んでません! ちょっとだけど、ちゃんと段差はありました!」
「うるさい」
足を挫いたのは事実なので大人しく負けを認める。
人通りの少ない道とは言え、横抱きで運ばれるのは恥ずかしい。もう隣のビルが辻田さんの住まいだけれど、その短い距離ですらもどかしい。
「……おい、何か喋れ」
「辻田さんがうるさいって言うから黙ってたんでしょう?」
「チッ」
ちょっとだけ反撃してみると舌打ちを返される。けれども、彼の顔を見上げると、彼の頬がかすかに赤く染まっていたから照れ隠しなのだと分かった。辻田さんから抱え上げたくせに。
「ありがとうございます」
私の言葉に、彼の瞳がまあるく見開かれる。そんなに驚かなくたっていいのに。
彼の反応がおかしくって、ついくすくすと笑い声を漏らすと、「チッ」っとまた彼の舌打ちが聞こえた。
2022.01.06