「ミカヅキくん!」

 新横浜退治人組合のドアを開け、彼の名前を呼ぶ。ちょうど彼も来たばかりだったようで、カウンターの前に立ち、肩越しにこちらを振り返る。眼鏡の奥の金色の瞳は驚きで見開かれていた。その表情が見れただけで、わざわざ新横浜まで来た甲斐があったというものだ。

「追いかけて、来ちゃった」

 なるべく軽く聞こえるように言うと、彼の眉間にシワが寄った。



「へぇ、東京からミカヅキくんを追いかけて?」
「最近こちらのギルドにお邪魔していると聞いていたので」

 あれよあれよという間に、新横浜の退治人たちに囲まれ、疲れたでしょうと椅子を勧められ、ジュースとポテトまで出してもらった。
 もらったオレンジジュースを飲むと、緊張で喉がカラカラに渇いていたことに気が付いた。

「ミカヅキくんそっちで新横のこととか話すんだ? 意外」
「こっちには危険な高等吸血鬼が多いとよく話していますよ。あと新横浜の退治人さんたちの話も。特にロナルドさんの話はよく聞きますね」
「えっ、俺!?」

 そういうとロナルドさんは顔を真っ赤にして照れていた。正直イメージとは違ったが、ミカヅキくんから聞いていた通り、良い人そうだとは思った。
 ちらりと隣のテーブルを見ると、ミカヅキくんも私と同じように囲まれていた。

「ミカヅキくんにこんなかわいい彼女がいたなんて知らなかったな――イテッ!」
「変なことを言わないでください。彼女はただの同僚です」
「でも追いかけて来てくれたんだろ?」
「同僚です」

 こうも“同僚”を連呼されるとさすがに凹む。いや、確かに今は私の片想いで、恋人ではないから私たちの関係を表す言葉は“同僚”が最も適切なんだろうけれども。彼の頬が微かに赤くなっていなければ、私はもうとっくにこの恋を諦めているところだ。
 じっとそちらを睨むと、視線に気付いた彼が立ち上がってこちらへやってくる。

「ほら、気が済んだら帰って」
「帰らない」

 顔を逸らして答える。ミカヅキくんのお願いに弱い自覚があるから、なるべく顔を見ない方が良い。けれども彼はそんな私の態度を不貞腐れているのだと勘違いする。

「ここは東京と比べ物にならないくらい吸血鬼が多いんだから」
「それくらい大丈夫。私だって退治人なんだから」

 自分の身くらいは守れるはず。これでも東京では実力派として通っているのだ。まぁ、ミカヅキには敵わないけれども。

「それとも、心配してくれてるの?」
「――そういうわけじゃ」

 言い淀む彼の顔を覗き込む。彼の頬がまた赤くなって、本音を教えてくれる。そのことに思わず小さく笑い声を零すと、彼の視線がこちらへ向けられた。

「ああ、もう、ほら!」

 突然手首を掴まれる。そのまま引っ張られて出口の方へ。その様子を見た新横浜の退治人たちはヒューと口笛を吹いた。「え?」私の口から出た呆けた声を誰も彼もが無視して、ミカヅキくんはズンズン歩いていく。
 彼から触れられた左の手首だけが燃えるようにひどく熱かった。

2023.01.23