「げっ! ヒヨシ……」
「おお、久しぶりじゃのう!」

 こちらは会いたくなかった人物に会ってしまってテンションだだ下がりだというのに、向こうときたら能天気に「元気しとったか?」なんて聞いてくる。
 私はこの男をずっと避けていた。それまではかなり仲の良い退治人仲間だった。何なら私の方は彼のことを少しだけ好きだった。けれど、ある日偶然恋愛の話になったときに彼は私のことを『なぁ〜んか無理』と言い放ったのだ。その言葉は私の心に傷を残し、今も忘れられずに彼を恨んでいる。
 なんか無理な女で悪かったな!

「彼氏のひとりでも出来たか?」

 ヒヨシはただの一言が私に楔を残しているだなんて思ってもいないのだろう。私だって『こっちから願い下げよ、万年色ボケ男』だなんてかわいくない言葉を返してしまったのだから、彼はきっとあのときのことはいつもの戯れだと思っている。

「私だって彼氏くらい……っ!」

 いる、と言い返そうとして言葉に詰まった。勢いで嘘を吐き通してしまえば良かったのに、出来なかった。
 これまで付き合った男の人は何人かいる。でも、この人ならと思って付き合っても、ふとしたときにヒヨシだったらと考えてしまって、結局別れてしまう。最初はあんな失恋をしてショックを受けているだけだと思った。時間が解決してくれる、と。それなのにどれだけ時が経っても、どれだけ彼と顔を合わせないようにしても、他の男は皆私にとって『なんか無理』だった。

「……別れた」
「なんじゃ、振られたんか? お前の魅力が分からないなんてそいつの目は節穴じゃのう」

 節穴なのはお前の目だ。

「い゛っ……!」

 恨みを込めてヒールでヒヨシの足を思いっきり踏んでやると、彼が潰れたような声を出す。
 私のこと無理って言ったくせに。私のこと好きじゃないくせに、どうして今さらそんなことを言うのだ。
 勢いをつけたせいで、反動でぽろりと目から何かが零れた。

「責任取ってよ! 私がヒヨシのこと忘れられないのも、自分に自信が持てないのも、全部ぜんぶ、あんたのせいなんだから責任取ってよ!」

 彼はそんなこと考えたこともなかったとでも言うように目をまるくさせてこちらを見ている。

 我儘は言わない。ただ、一晩だけ忘れさせてくれたら、それだけでいいのに。

2021.01.11