「ロナルド! ここに美青年を隠しているでしょ!?」
「は? なんて?」

 バーンと勢いよくロナルド吸血鬼退治事務所の扉を開けると中にいた二人と一匹が振り返る。全員揃っているだなんて都合が良い。
 さっさっと左右に視線をやっても彼ら以外の人影はない。念のため居住スペースの方もドアを開けて確認したけれどもやっぱり誰もいなかった。

「美青年ってロナルドくんのことじゃなくてか」
「全然違います!」

 ドラルクさんの問いかけをばっさり切るとロナルドがウエエンと泣く。ロナルドは自分に自信がないくせに自分の顔が良いことは知ってるから面倒くさい。彼の顔が良いことは認めるけれど全く私のタイプじゃない。

「私は見たんだから! 線の細い中性的な、絶世の美青年がこの事務所に入って行くところを!」

 さらりと揺れる髪、長い睫毛に縁取られた切長の目、透き通った瞳の色、すっと通った鼻筋、気品ある服装、どこか儚い雰囲気……すべてが完璧だった。

「その後この事務所の前で張っていたのに、待てど暮らせど彼は出てこず……」
「ストーカーか?」
「君そのうち捕まりそうだな。気を付けろよ?」

 失礼なふたりだ。別に待ってたのは友人の事務所の前だしギリセーフだ。

「それいつの話だ?」
「つい数時間前」
「あー、見えてきたぞ」

 ドラルクさんのその言葉に一歩遅れてロナルドも何か思い当たったのか「あー!」と大きな声を出す。何か知っていることがあるのなら早く教えてほしい。

「そのあとピンクのイモ虫が出てったところ見たろ」
「イモ虫? はぐらかさないで! 私は美青年の話をしてるんですよ!」
「だからそのイモ虫がその美青年なんだって」
「そんなわけないでしょ!」

 何がイモ虫だ。ふたりが訳の分からないことを言ってはぐらかそうとしているようにしか見えなかった。

「やっぱり彼のこと知ってるんだ! 紹介して!」

 バンと机を叩くと手のひらが痛かったけれども、そんなこと気にしている場合じゃない!

「美青年を出せー!」
「机を叩くな! うるせぇ!」

 ロナルドが片耳に指を突っ込んで塞ぎながら怒鳴る。私よりもロナルドの声の方がうるさい。ドラルクさんが騒音で砂になってジョンくんがそれに泣いているのは少しだけ申し訳ない気がしたけれど。
 それよりも私はこの運命――これほど理想の顔に出会えたことを運命と言わずして何と言う――を逃すつもりはなかった。

「分かった! 紹介してやるけどイモ虫が出てきても文句言うなよ!?」
「だからイモ虫って何よ!」


 数十分後、「おばんです〜」とピンクのイモ虫がやってきて、私が思わず悲鳴を上げてしまうのはまた別の話。

2021.10.27