「ヒナイチ先輩! お疲れ様です」
「おう、おつかれ」

 廊下で見知った先輩の後ろ姿を見かけ、駆け寄って挨拶すれば、彼女も振り返ってこちらに気付く。
 吸血鬼対策課のヒナイチ先輩はまだ若いのに吸対の副隊長を務めるほどの実力者で、かわいくて強い。部署の違う私にも良くしてくれる先輩だった。

「先輩はパトロールの帰りですか?」
「ああ。そっちは休憩か?」
「はい、これから出るところで」

 ちょうどお昼ごはんを買いに行こうと思ったところだったのだけれど、先輩とこんなところで会えるなんて運が良い。

「なんかいい匂いしないか?」

 くんくんと鼻を鳴らしてヒナイチ先輩が言う。その子犬のような姿に思わず笑みが零れる。

「さすがですね。実はクッキー作ってきたんですよ。先輩もおひとついかがですか?」
「いいのか!?」

 バッグの中から袋を出せば彼女の瞳が輝く。
 綺麗にラッピングしたクッキーは我ながらよく出来たと思う。チョコレート生地がまざったものや紅茶を混ぜたものなど、今回は何種類か作ってきた。
 さっそく彼女は「いただきます」と言って袋から取り出したクッキーをかじる。

「おいしい!」
「良かったです」

 彼女は本当にしあわせそうに食べる。見ているこっちまで笑顔になってしまう。
 吸血鬼に相対しているときは凛として、鋭い剣さばきで斬り伏せていく人なのに。その姿を初めて見たときは、彼女の振るった剣の軌跡が光の筋となって見えたと思えるほどだった。――彼女は私にとって特別な人だった。
 目の前でおいしいおいしいと笑顔で私の作ったクッキーを食べる彼女の姿に思わず目を細める。

「また作ってきますね、先輩」


 眩しくて仕方がないのに、ずっと彼女を見ていたい。

2021.10.14