「半田先輩とデートしたぁ〜い……」
「……」

 私の大きな独り言に、隣で黙々と何かの書類を仕上げていたサギョウ先輩がチラリとこちらに視線を向ける。そのあと再びパソコンの方へ視線を戻したけれど、大きな溜め息を吐いたあと観念したかのようにこちらへ向き直った。

「……そんなに言うなら誘えば?」
「簡単に誘えたら苦労しないんですよ……」

 すでに何度か食事に誘ってみたりしたこともあったのだけれど、都合がつかないと断られてしまった。

「半田先輩、休日も予定詰まってそう」
「まぁ……それは、そう」
「え〜ん、やっぱり!」

 彼女がいるという話は聞いたことがないけれども、こう何度も断られると牽制されているのではないかと疑ってしまう。後輩として可愛がられているとは思うのだけれど、そういう対照としては見れないと思われているということは十分にありえる。
 半田先輩はイケメンだし、他課の子も彼のことを狙っていると聞いたことがあるし。このままではいけない。何としても、半田先輩に私を意識してもらわなければ――

「どうした? 随分疲れた顔をしているな」
「はははは半田せんぱいっ!?」

 椅子ごと後退りすぎて後ろに倒れそうになるのを、先輩が手で軽々と押さえてくれた。こういうところに何度でも惚れ直してしまう。
 彼の方へ向き直って姿勢を正す。何度瞬きしても目の前の憧れの人は消えない。半田先輩は今日はもう上がったはずだと思っていたのに。いないと思っていたからこそあんな大きな独り言を言っていた訳で。サギョウ先輩との会話を聞かれていなかったかとあたふたする。
 半田先輩は私を見下ろして、そして私の散らかったデスクの上を一瞥した。

「事務処理が溜まってるのか? これとこれは俺がやる。こっちはサギョウにでも回しておけ」
「おい。……まぁ手伝うつもりでしたけど」
「これで少しは早く帰れるだろ」

 山積みになった書類をひょいひょいといくつか拾い上げると、そのうちの数枚をサギョウ先輩に渡し、残りの大部分を自分で引き取った。私のデスクの上はすっきりし、残業時間は大幅に削減された。私には彼が神様のように見えた。

「まだ元気出ないか? ラーメンでも食いに行くか?」
「行きます!!」

 ガタガタと大きな音を立てて立ち上がると、半田先輩が笑いながら私の頭の上に手を置く。ぴゃっと思わず体が固まった。一瞬で体温が上がる。

「よし、それだけ終わらせたら行くぞ。美味いラーメン屋に連れてってやる」

 マスクをずらし、彼が私に向けてニカっと笑ってみせる。ああ、もうこれだけで向こう一週間の仕事を頑張れそうな気がした。

2022.04.14