彼の瞳からぽろりと涙が零れた。
 それは静かに彼の金色の瞳から溢れた。泣きぼくろの横を流れ、頬を伝って、あごから落ちる。その雫があまりにも綺麗で、私はしばらく見入ってしまった。

「なんで、半田まで泣いてるのよ」

 それまでわんわん子どものように泣いてとめどなく流れていた私の涙は、どこかへ引っ込んでしまった。あんなに悲しくて行き場のなかったはずの気持ちはもうすっかり消え失せている。
 この幼馴染が最後に泣いたのを見たのはもう十年以上前だ。小さい子どものころぽろぽろ泣いていたのが朧げな記憶の中にあるだけだ。もっとも、涙が出るほど笑い転げている姿は今でもよく見るけれど。

「は? 誰が泣いてるだと?」

 私の言葉に半田が視線を鋭くさせる。気付いてないのかなと思って、自分の右頬を指して教えてやる。彼は疑うような表情をしたまま自分の頬に触れて、その濡れた感触にぎょっとしたのか、慌てて手を離して指先を確認していた。
 目を丸くさせる半田に「ほらね」と言ってやると、彼は何故だかぐぬぬと呻き声を上げた。

「これは……涙ではない!」
「じゃあ何よ?」
「これは悔し涙だ!」
「涙じゃん」

 再び半田が唸る。相変わらず嘘が下手だ。と言うか、嘘にすらなっていない。

「私の涙が移った?」
「そんなわけあるか!」

 彼がぐいっと、自分の目元を手で乱暴に拭う。そんなに雑に擦ったら赤くなっちゃうんじゃないかと心配したけれど、本人は全く気にしていないようだった。拭われてしまった涙はもう頬にあとも残っていなくて、さっきのは幻だったんじゃないかとさえ思えた。

「貴様があんまりにも泣くから……その前にどうにか出来なかったのかと思っただけだ!」

 今度は私がきょとんとする番だった。私が幼馴染に甘えて、勝手に押しかけて、勝手に愚痴を言って、勝手に派手に泣き喚いていただけだと思っていたのに、彼は私の涙を止めようとしてくれていたらしい。絶対一通り聞いたら笑い飛ばされるか、面倒くさがられて追い出されるかすると思っていたのに。

「もう泣くな」

 彼のハンカチでそっと目元を拭われる。そのあまりにもやさしい触れ方に、涙はもうどこかへ消えてしまった。

2022.02.27