「トウ、いるー?」
ガチャリと勢いよくドアを開けると、部屋の主は珍しく机に向かっていた。
「ノックくらいしろ!」
「いいじゃん、別に。今さらでしょ」
振り返ってすぐに幼馴染の怒声が飛んできたが、いつものようにのらりと躱して部屋に入る。
「何してんの?」
「勉強」
彼の手元を覗き込むと本当に参考書を開いていた。警察も入ったあとに勉強が必要なのかと驚いた。てっきりまたロナルドくんへの嫌がらせ作戦ノートでも作っているのかと思ったのに。
「漫画の新刊貸してー」
私の言葉に対して彼は返事を寄越さなかったので、勝手に本棚から漫画を拝借してクッションを集めた床の上にごろりと転がる。
昔から変わらない日常だった。
「よっぽど暇なんだな」
「あんたに言われたくないわよ」
「俺は暇じゃない」
真面目に仕事の勉強をしている現在の彼は“暇じゃない”と言っても良いのかもしれないけれど。いつもはくだらない嫌がらせばかり作ってるくせに。
「分かったぞ、振られたんだろう!」
「振られてないわよ! ……告られてもいないけど」
「なるほど、先に貴様の本性に気付いたんだな」
失礼なやつめ! そもそも今回ちょっといい雰囲気になった人は優しいけど、なよっとした感じで私の好みかと言われるとそこまでじゃなかったし!
心の中で言い訳をしていると、ふと影が差した。漫画をずらして視線を上げる。するといつの間にかそばに座って私の顔の横に手をついたトウと目が合う。珍しくひどく真剣な表情だった。
「いつまでここに来るつもりだ?」
「……だめ?」
いい大人が子どもの頃と同じように幼馴染の部屋にやってくるなんて普通じゃないんだろう。でも、トウの隣は居心地が良くて、今さら止め時なんて分からなくて。
トウの顔がひどく近くにあって、彼の目元のほくろも、彼の猫のような瞳の虹彩まで見えた。
「好きにしろ」
フンと鼻を鳴らして彼が私の上から退く。蛍光灯の明かりが眩しい。思わず目を瞑りながら、やっぱりさっきトウの首に腕を回して引き寄せてしまえば良かったと後悔した。
2021.03.26