「君ねぇ、突然『助けて』とだけ送ってくるから驚いたじゃないか」
「ほんと、ずびまぜん……」
「ああ、もう無理して喋らなくていいから。ティッシュどこ? 鼻かむ?」

 差し出されたティッシュを受け取って鼻をかむと声は少しだけ良くなった。
 私だって本当はあんな物騒な文面を送るつもりはなかったのだ。最初は『助けてください! 風邪を引いて動けなくなってしまったので、薬と何か食べるものを買ってきてもらえると助かります』と打とうとしていた。しかし、いくら恋人とはいえ図々しすぎるなと思い直し、『助けて』とまで打った文章を削除しようとして間違えて送信した。
 まずいと思ったときにはすでに既読がついてしまっていて。すぐに間違えましたと、謝罪と風邪を引いただけであることを説明する文章を送ったのだけれど、そちらにはいつまで経っても既読が付かなかった。そして今に至るというわけだ。

「はい、おかゆ。食べれる?」

 彼が差し出したお皿からはほんのり湯気が立ち上っている。ドラルクさんお手製のおかゆだ。一度うちに来たあとに買い出しに行かせてしまった材料たちで出来ている。
 一秒前まで食欲なんて全くなかったのに、彼の作った食事を目にすると途端に空腹を自覚する。うちには土鍋とレンゲなんて素敵なものはないので、普通の深皿にスプーンなのだけどそれでも十分美味しそう。あいにく鼻詰まりで匂いは分からなかったけれど。

「はい、あーん」
「えっ!?」

 そのおかゆをドラルクさんがスプーンで掬い上げて私の口元へ近付けるものだから、思わず私は両手を前に突き出した。

「あの、わたし自分で食べられますから」

 そこまで重病人じゃない。確かに彼にヘルプを送ったころは体が重くてしんどくて、この世の終わりかと思ったけれど、今は少し休んでかなり楽になっている。
 ご飯を食べて薬を飲んだら、全快は多分すぐそこだ。

「だーめ。私は君を看病しにきたんだから」

 そう言って彼は片手で私の手を退けると「ふーふー」とスプーンの上のおかゆを冷ます。

「いや、ちょっとさすがに恥ずかしいんで」

 素直に言ったというのに「堪えて」と一言であしらわれた。
 そして少し何かを考えるような表情をしたあと、にんまりと口角を上げた。あ、これはまた碌でもないことを考えているに違いない。私には分かる。

「あの、どらるくさん、ちかいです」
「ん?」
「顔がちかいです!」

 彼の胸を押し返しながら言う。いつの間にか彼はスプーンを置いて、すっかりこちらに身を乗り出している。ちゃっかり握られた右手は彼の体温が移っている。

「風邪、うつっちゃうから」
「私は吸血鬼だよ? 人間の風邪にはかからないさ」

 その通りだった。だけど、何もこんな鼻詰まり女に好き好んで近付いたりしなくてもいいとは思うのだ。

「私は君を心配してここまで駆けつけたんだよ?」

 彼が喋るとその舌と牙が見える。

「ちょっとくらい味見させてくれてもいいと思わない?」

 私が観念して「わたし、病人なので手加減してください……」と小声で告げると、彼はまた楽しそうに「もちろん、これ以上のことはしないとも」と笑うのだった。

2022.02.09