もはや吸血鬼の能力と言えば何でもありなのか。
私は今、高い塔に閉じ込められていた。この塔には扉がない。あるのは窓がひとつだけ。その窓も地面までの距離は遠くて出入口とはなりえない。
じゃあ私はここまでどうやって連れてこられたのか。
「ま、いっか!」
多分実際に塔に入れられた訳ではなく、催眠とかなのだろうけれど、深く考えるのはやめた。
どうせ明日も仕事しか予定はない。吸血鬼騒動に巻き込まれたとなれば休んでも許されると思えば悪くない。
何故かこの部屋には食べ物もテレビもある。久しぶりにゆっくり過ごせるなんて最高すぎる。
さっそくポテチの袋をバリっと豪快に開け、缶ビールのプルタブも景気良く開けたところで、窓の外から何やら声が聞こえることに気が付いた。一旦ポテチを置いて窓に近付く。立て付けの悪い窓はなかなか開かなかった。
「髪を下ろしておくれー!」
窓から頭を出して覗くと、下には黒い服をまとった人影が見えた。
「うわ、魔女!」
「誰が魔女だ!」
聞き慣れた声が飛んでくる。よく見ると、塔の下からこちらを見上げていたのはドラルクさんだった。
「どっからどう見ても君を助けにきた王子様だろうが!」
「自分で王子様って言います?」
というか、ここはグリム童話の世界観なのか。出入口のない高い塔、そして髪を下ろすよう彼に言われてやっと気が付いた。
窓の外を眺めるとずっと遠くまで原っぱが広がっていて、それ以外は何もない。さすがに新横浜でもこんな場所は存在しない。
「いいから早く髪を下ろしなさい!」
「そんなこと言われても、私そんな髪長くないですけど」
「えっ?」
「ほら」
そう言って窓から身を乗り出して彼に髪を見せる。そこにあるのはいつもと同じ長さの私の髪だ。とてもこの高い塔から地面までの長さはない。こういうところは原因を作った吸血鬼の能力でも変えられなかったらしい。
「君、ここから飛び降りられる?」
「嫌ですよ、怖いから。ドラルクさんこそ大きな鳥とかに変身して助けてくださいよ」
「失敗する予感しかしない」
そう言って彼は冷や汗をかきながらも一応変身してみたけれども、結果はお察しだった。デスリセットから再生し始めている彼を見下ろしながら、片手に持った缶ビールをグビリとあおる。
「早く助けてください、“王子様”?」
彼がぐぬぬと臍を噛む。その姿を見ながら私はまた笑った。
早く助けられてしまっては明日会社に行かなくてはならないではないか。私はまだここでだらけていたい。
「君、私がそこに辿り着いたら覚えておくんだな」
青筋を立てながら彼がびしりと指を突きつけて言うけれども、まったく怖くなかった。
2022.01.24