「クリスマスが近いからかこういうCM多いよねぇ」

 エプロン姿の彼が横目でテレビを眺めながら言う。ジョンとソファに丸くなって座りながら、何となくテレビの方に視線を向けていただけだった私は意識をそちらに戻す。液晶画面にはキラキラと輝く指輪がちょうどアップで映されていた。そののちにクリスマスツリーを背景にジュエリーショップのロゴが映し出される。確かに最近こういうCMをよく見る気がする。

「……君もこういうのほしかったりするの?」

 躊躇いがちな彼の声がする。そんなに物欲しそうな顔で見ていたつもりはないのだけれど、そう見えてしまっていたのなら恥ずかしい。

「いえ、私はもう持っているので!」
「は?」

 私が告げると彼は心底驚いたというような声を上げる。そんなに意外なことを言ったつもりはないのだけれど。
 膝の上に座るジョンの腹毛を撫でる。

「誰から?」

 低い声がした。

「誰からもらったの? 指輪なんて」

 彼の視線が私の指元に移動する。指輪の有無を確認したのだと思うが、残念ながら私のどの指にも指輪はない。
 再び視線を上げた彼は何だか怒っているような表情でこちらを見る。その勢いについたじろいでしまった。

「あなたから。昔に……」
「は?」

 私の言葉に再び彼が目を丸くさせる。呆けたような、信じられない言葉を聞いたような、そんな表情。

「そんな記憶……私にはないけど……?」

 ぺたぺたと自身の顔を触りながら彼が言う。あんまりにも驚くものだからおかしくなってしまって、私は思わずくすりと笑い声を漏らす。

「わたし、今も持ってますよ。ほら」

 そう言って懐から手帳を取り出す。ページを開いて、そこに挟んだものを彼に見せる。

「もう指には入れられなくなっちゃいましたけど」

 輪っかの形に編まれたシロツメクサの押し花。御真祖様にお願いして長く保存出来るようにしてもらった。人間の技術だか吸血鬼の能力だか何だか分からないけれど、それは二百年経った今でも朽ちることなく私の手元にある。
 彼は実物を見て思い出したような表情で、私の顔を見て、また手元の押し花に視線を落とし、そしてまた私の顔に視線を戻した。はくはくと声にならない言葉が彼の口からいくつか漏れた。

「それは! 指輪とは! 言わない……!」
「えー」

 彼が想像していたのはきっとCMで流れていたような、小さな宝石の埋め込まれたきらきらした指輪だったのだろうなとは思っていた。

「でも私、嬉しかったんですよ。幼い私が結婚指輪かと聞いたらあなたは婚約指輪だと言って――」
「ダーッ! ストップ! ストップ!!」

 大きな声を上げて彼が私の口を塞ぐ。それでも喋り続けようとしたのだけれど、もごというくぐもった音にしかならなかった。

「……きみ、この話よそでしないでくれよ」
「はーい」

 どうしてダメなのかは分からないけれども、彼がそう言うのなら言わない。元々無闇矢鱈と人に話す気はなかったけれど。
 もう一度手元視線を落とすと、白い宝石の付いた指輪がまだ色褪せずに輝いていた。

2021.12.23