「こんにちは! 吸血鬼ドラルクに会いに来ました!」
「げえ」

 私を視界に入れた彼が呻き声を上げた。
 数ヶ月ぶりに見た彼の姿に、どきりと心臓が鳴る。ああ、久しぶりにやっと会えた。

「君、どうしてここが?」
「御真祖様に教えていただきました!」

 私が答えると彼が思い切り顔をしかめる。そんな表情をしなくてもいいのに。
 私たちのやりとりに割り込んで、退治人ロナルドと思わしき人が一歩前に進み出る。

「誰?」
「私、彼の許嫁です!」

 私は得意げに胸を張って言う。
 するとロナルドさんは、目が零れ落ちそうなほど丸く見開いて驚いた表情になる。そしてバッと勢いよく後ろの吸血鬼を振り返った。

「おまえ、ケケケ、ケッコンするのかよ!?」
「二百年結婚しなかったんだから今後もするはずがないだろう」

 動揺するロナルドさんに彼は平然と言い放つ。
 いつもより少し固い声に少し不思議に思う。城にいたころはもっとやわらかい声で私に話しかけてくれたのに。私がやって来たことをもっと歓迎してくれても良いのに。
 今日の彼は何だかいつもと様子が違った。

「それを言ったら、二百年婚約してたんだから結婚したっていいでしょう!?」

 私は二百年待っていたのだ。結婚する気がないのなら婚約解消したいと言ってもいいのに、今まで彼の口からそんな言葉は一度も出なかった。
 私は二百年許嫁として彼と交流を温めてきた。月に一度、必ず彼の城を訪れて、楽しくお喋りして。――だから、彼は少しくらい私と結婚しても良いと思ってくれているのだと。

「君は私のことが好きじゃない」

 彼の言葉が鋭く私を刺す。
 ――なんで。
 “私は”君のことが好きじゃないと言われるのなら分かる。でも“君は”と私の気持ちを決めつけられて断言されるのは納得がいかない。

「好きです!」
「好きじゃない」
「本当です! こんなに好きなのに!」

 好きじゃなかったら二百年も待ったりしない。
 “好き”じゃないとしたらこの気持ちは一体何なのか。

「だから! 君は御祖父様の言葉に従おうとしてそう思い込んでるだけだろ!」

 大きな声に思わず彼の顔を見る。彼の瞳から本気でそう言っているのが分かった。
 悔しい。悔しい悔しいくやしい。
 こんなことを言われるくらいなら普通に振られた方が幾分かマシだった。
 ぐっと唇を噛む。何でこんなにも伝わっていないのだろう。確かに御真祖様は私たちの婚約を決めたけれども、それよりも前から私は彼のことが好きだったのに。
 言い切って肩で息をしていた彼が私の顔を見てハッと何かに気付いたような表情をする。

「なんで」

 声が震え、顔が歪んでいる自覚はある。ふつふつと腹の奥から熱いものが迫り上がる。
 キッと睨むと、彼の方が何故だか苦しそうな表情をしていた。

「……だって、きみ、そうだろう?」

 彼に想いを返してもらえていなかったことよりも、私の気持ちがこれっぽっちも伝わっていなかったことが、息も出来ないほど苦しい。
 これでは私の怒りの行き場が、私の想いの行き場がない。

「私、許嫁の立場は降りません!」

 ビシリと指を突き立てて宣言する。
 ロナルドさんに「お邪魔しました。また来ます」と頭を下げ、事務所を後にする。向こうからしてみればもう来るなと言いたいところだろうけれど、こればかりは譲れない。
 扉から出る前にくるりと振り返る。

「絶対あなたと結婚しますから!」

 最後に見た彼は、何故だかひどく驚いた表情をしていた。

2021.11.14