丸いまるい満月の夜。彼は窓辺に立っていた。お城には吸血鬼が一人とアルマジロが一匹と人間の私一人だけ。広い広いお城の夜はいつもひどく静かだった。
「ドラルクさん」
パタリと私のスリッパが間抜けな足音を立てる。私の声が城の中に随分と頼りなく響く。
私の呼ぶ声に彼が気が付いてこちらを振り返る。――私を見つけたときの彼の一瞬の表情に、何故だか無性に彼に抱きつきたくなった。
「どうしたの、こんな時間に」
「なんか目が覚めちゃって。もう一度寝付けなくて」
「それは困ったねえ」
彼がどこか嬉しそうな声色で言う。けれどもそれは決して私が困っていることを喜んでいるわけではない。たぶん、夜の時間を共有出来ることが嬉しいのだろう。それくらいは私にも分かる程度には、一緒にいる。
「ドラルクさんは何をしていたんですか?」
「私? 私はぼんやりしてただけだよ」
そう言って彼は窓の外へ目を向ける。月明かりが差し込んで彼の顔を照らしている。彼の横顔は先程と同じ作りのはずなのに、どこか違うように見えた。私が来たから無理させているのか、私が来たから満たされたのか。……出来れば後者であれば良いのにと思った。
彼は彼の城に私が滞在することを許してはいるけれど、私をどう思っているかについてはまだ掴みかねている。
「眠れないならホットミルクでも作ろうか。特別に蜂蜜たっぷりのやつ」
こういうときの彼は甘い。人差し指を唇に当て、ジョンには内緒だと言いながらにやりと笑う。
――こんなひとだから、私はいつまでも抱えきれない大きな気持ちを持ち続けてしまうのだ。
「それとも……朝までウノでもやる?」
「やります」
間髪入れずに答えると、彼はますます笑みを深める。
彼は元々夜の世界の住人で、私は明日朝寝坊してしまったってどうせ用事なんてありはしないのだ。夜通し騒いだってこの城で文句を言う者は存在しない。
「でも蜂蜜入りホットミルクもほしいです。あ、あとポテチも!」
「ポテチは君の美容には悪そうだが、今日は特別だ! 棚から持ってきたまえ」
「イエッサー! ジョンも呼んできます!」
姿勢を正して軽く敬礼すると、彼がまた小さく笑う。
窓の外にはまだ丸い月がぽかりと浮かんでいる。それが沈むまでは、まだまだ時間がありそうだった。
2021.10.10