「――というわけで、失敗して隊長に怒られちゃったわけなんです」
「事情は分かったが、それを何故私に言う?」
私が話し終えるまで黙って聞いていたドラルクさんが口を開く。
「ここは何でも相談所じゃないんだからな!」
彼の怒りももっともだ。棺桶の中で眠っていた彼を叩き起こし、引きずり出して無理矢理話を聞いてもらったのだから。
この事務所は最近吸血鬼の何でも相談所のようになっているらしいけれど、そもそも私は吸血鬼じゃないし、悩みも別に吸血鬼絡みでもない。彼には何も関係ない内容。
それでもあたたかいミルクティーを用意してくれたのは彼のやさしさだろう。
「すみません。ちょっと話を聞いてもらいたかっただけなんです。もう帰りますね」
ミルクティーを一杯飲んで気分も落ち着いた。胸のつかえも、一時じわりと目元に浮かんだ熱もすっかり引いている。
失礼しますと頭を下げかけた瞬間、頭に何かが投げつけられた。
「わっ!」
顔に掛かったそれを取った瞬間、覗いた彼の表情は何だかひどく苦しそうに見えた。
「エプロン?」
投げられたそれは黒いエプロンだった。いつも彼が着けているやつ。かすかに線香のような香りがする。投げられたというより放られたそれは痛くはなかったのだけれど、ドラルクさんらしくない。身勝手な私に怒ってつい手近にあったものを投げつけてしまったのだろう。迷惑をかけてしまった自覚はある。
そんなことを思っていると、彼は私の手を引いて居住スペースへ。
「お菓子を作る」
「えっ?」
何故急にと頭の上にはてなマークを浮かべる私に、彼は振り返ってぴしりと指を突き立てた。
「君は疲れているからそんな小さなことで悩むんだ! そして疲れたときは甘い物だ!」
彼は私の手にあったエプロンを私の首にかけて、さっと紐を腰に回すと前できれいに蝶結びにする。
「ほら、卵をかき混ぜる!」
目の前に出されたボールと泡立て器を思わず受け取ってしまった。勢いに気圧されてボールの中の卵をかき混ぜる。泡立て器がカチャカチャと軽い音を立てた。
その間に彼はその他の材料や道具を用意していく。
「手を動かしていた方が余計なこと考えずに済むでしょ」
彼の手元では材料たちが手際よく並べられている。
もう話は終わっていたと思ったのに。
「ありがとう、ございます」
「私の作るケーキは格別だからね」
そう言って吸血鬼はにやりと牙を見せる。
話を聞いてもらえただけで良かったのに。それだけで十分だったのに。それ以上に私を気遣ってくれる。
引いたはずだったのに、熱いものがまた込み上げてきて、溢れそうになってしまう。
「ドラルクさん、やさしいですね」
そう後ろ姿に投げかければ、「そうだもっと畏怖したまえ」と返す彼の耳がちょこっとだけ赤くなっているのが見えた。
2021.08.23