「私の血をどうぞ!」
「いらん!」

 私が髪を避けて首筋を差し出すと、彼は大きく顔を背けて拒否する。何度私がどうぞと言っても彼がそれを受け入れたことは今まで一度もなかった。処女の生き血を飲みたいなぁとぼやいたくせに。

「どうしてですか? まだ私若いし、これでも食生活には気を遣ってるから血液どろどろってこともないだろうし、ドラルクさんが死んじゃうほどくどい味でもないと思うんですけど!」

 彼の希望に私は条件が当てはまっているはずなのに。いつもの調子なら私がどうぞと言えば彼はこれ幸いと飲んだっておかしくないはずなのに。
 私が眉を下げると、彼も弱ったような顔をして、それから怒ったような表情で勢いよく振り返った。

「君は私の友人だろう!」
「……?」
「ファーー!! 今私かなりこっ恥ずかしいこと言ったはずだけど何にも伝わってない!」

 そう言って彼は頭を抱えて天を仰ぎ、ドタドタと足を踏み鳴らした。そうしてから「いいか」と私にぴしりと指を向ける。

「私達吸血鬼にとって吸血は食事と同じなわけ」

 それくらい、知っている。ドラルクさんは燃費が良くて人間が三食食事を摂るほど頻繁に血を必要としていないことも。けれども食事と同じくらい大切なことも知っている。

「君、小さい頃絵本読んだことない? オオカミとヒツジのやつ」

 言われて少し考える。

「トモダチは食べたくないってオオカミが悩むやつですか?」
「それと一緒! 君は友達だから吸血したくないし、そういうふうに見たくないの!」
「……ドラルクさん、私のこと友達だと思っててくれたんですね。嬉しいです!」
「今そこ!?」

 悪くて勝手に押しかけてくる人、良くて知人くらいだと思っていたから、友人と言われたことがじわじわと嬉しい。頬に手を当てると熱かった。しかも、今の彼の言い方だと友達として大事にされているっぽい。だけど――

「でも私、ドラルクさんになら食べられてしまってもいいんですよ?」

 そう言って振り向くと、口を真一文に結んだドラルクさんと目があった。
 彼は何と返すだろうと待っていると、ぱしりと頭をはたかれた。

「いたっ!」
「本当に君は! きちんと脳みそで考えてから喋れ!」

 反射で痛いと言ってしまったけれど、実際は反作用でドラルクさんの手が砂になっただけだった。全然痛くない。

「ちゃんと考えてます!」
「考えてない! ……もうこの話はおしまい! 君紅茶飲むでしょ? アールグレイでいい?」

 そう言って吸血鬼はこちらへ背を向け、いそいそと私をもてなす準備を始める。今彼がどんな表情をしているか知りたかったけれど見えなかった。

 本当に、あなたになら頭からぱっくり食べられてしまっても構わないのに。

2021.02.23