「バレンタインも近いし、今日はチョコレートを作ろう!」
バレンタインデー前日に、この展開を予想しなかった私が悪い。
*
「――最後にお好きな色のリボンを掛けて、っと。完成だ!」
「ヌー!」
「わー……」
いつもは大はしゃぎで上げている歓声が今日はおざなりだったことに気づかれてしまっただろうか。
密かに想っている相手からその話題が出たどころか一緒にチョコを作っていることに動揺して、私はすっかり気もそぞろだった。
彼は私のお料理の先生なのでこの展開は何ら不自然ではないのだけれど! それでもやはり見通しの甘さに過去の自分を張り倒したくなる。
「はい、これは君に。ハッピーバレンタイン」
彼がたった今出来上がった包みを私に差し出す。まさかこのタイミングでもらえるとは思っていなかったので驚いた。
「今年は君の一番になれたかね?」
そう言って彼が口の端をつり上げて笑う。
「はい、ドラルクさんがいちばんです」
多分、彼は『一番乗り』の意味で言ったのだと分かっているけれども、何だか意味深に聞こえてドキドキする。
自分用と言って私が作るものよりも数倍繊細そうなチョコレートを彼が作っていたのは知っている。あの美しいものが今自分の手の中にあるのだと思うとじわりと胸の底が熱くなる。
「君からは私にくれないのかな?」
「あっ、ハイ! どうぞ!」
言われて反射的に手元にあったラッピングしたてのチョコを差し出してから気が付く。――これではまるきり義理チョコですと言っているようなものではないか。
「あっ、違くて! 本当はもっと実用的なものをプレゼントしようと思ってたんですけど、悩んじゃって、まだ用意出来てなくて! でも当日までには決めて会いに来るつもりで……!」
バリバリの本命チョコなんて恥ずかしくて渡せる気はしなかったけれど、いつもお世話になっている先生へとしてきちんとしたものを渡すつもりだったのに。
「ドラルクさんはチョコ食べないですよね……」
「君がくれたものならもちろん食べるとも」
彼の言葉に思わず俯きかけていた顔をパッと上げる。普段彼は食事を必要としないはずなのに。
「君の作ったこれがいい」
その言い方はずるい。あなたにそんなつもりはなくても、こちらは期待してしまうから。
彼が私の手からラッピングされたチョコを拾い上げて持っていく。軽くなった手のひらに、私の心もふわふわとどこかへ飛んでいってしまいそうな心地になる。
「ありがとうございます……」
「礼を言うのはこちらだと思うがね」
そんなことない。私があなたの一言でどれだけ喜んでいるか、知らないからそんなふうに言えるのだ。
「さて、私が空いた時間で作ったチョコケーキでおやつにしよう! 今日は特別にベリーソースを好きなだけかけていいぞ!」
「わー! すごい!」
「ヌー!」
私がジョンくんと大きな歓声を上げると、彼はにんまりと笑みを深くした。
2021.02.13